海ごみ問題を考える(荒田 鉄二:MailNews 2010年12月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2010年12月号の記事に、一部加筆修正を加えたものです。

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 私の勤務している鳥取環境大学では,平成21年度より3年計画で「海ごみ研究」(日本海に面した海岸における海ごみの発生抑制と回収処理に関する研究)に取り組んでいます。私もこの研究プロジェクトに参加することにより,はじめて海ごみ問題と関わりを持ったのですが,今回は,それを通じて考えたことをご報告したいと思います。

 

海ごみはどこから来るのか

ここ数年,日本海側では冬期になると島根県,石川県,秋田県などを中心に毎年1万個から2万個を超えるようなポリタンクが流れ着き,なかには酸性の液体が入ったものもあるため問題となり,マスコミでも取り上げられています。大量に流れ着く青のポリタンクにはハングル文字が書かれており,韓国の海苔養殖業者が養殖網の洗浄のために使う酢酸等の酸性溶液の容器だということも分かってきたため,日本と韓国の間での国際問題ともなっています。海ごみ問題というと,この問題に注目が集まるのですが,私たちが調べた限りでは,鳥取県の海岸に漂着する海ごみの大半は国内起源のもので,しかも,海上での漁業活動等ではなく,陸上を起源とするものでした。

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隠岐の島の海岸に漂着した海ごみ(2010.2.20撮影)

 

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プラスチックボトルの国別割合(個数)

 

海ごみの組成と発生源

海岸に漂着した海ごみの内容を素材別に示したのが下の図です。ここから分かるように個数で見ても,重量で見てもプラスチック類が半分以上を占めており,その大半がペットボトル(飲料)やプラスチックボトル(シャンプー・洗剤)等の容器包装類となっています。海ごみの大半が陸上起源であり,しかも日常生活で使われる容器包装類が多数を占めるということは,海ごみ問題は海岸地域に住む人たちだけの問題ではなく,内陸部に住む人も含めた全ての人に関わる問題だということになります。しかしながらこのことは,現代に生きる私たちのモラルが昔の人に比べて低下したということを意味しているのではないと思います。「水に流す」という言葉にもあるように,昔から日本人は海や川にものを捨てていたのですが,以前は素材が木や紙や布など生分解可能なもので,ゴミの絶対量も少なかったので問題にならなかっただけと思われます。海や川にものを捨てるという以前は問題にならなかった行為が,生分解しないプラスチック製品を容器包装等に大量に使用する現代社会では問題となっているのです。

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石油文明と海ごみ

海ごみ問題には,石油から作られるプラスチック製品を大量に使う現代社会(石油文明)では,天然素材に全面的に依存していたかつての社会(バイオマス文明)とは異なる倫理が求められるという側面があります。それでは,一般の人々に対して海ごみ問題に関する普及啓発活動を行い,ゴミのポイ捨て防止を呼びかければ,それで海ごみ問題は解決するのでしょうか。当面は海ごみの発生抑制のために,個人の倫理・道徳に訴えかけ,ゴミのポイ捨てを防止することも必要でしょうが,それで問題が解決するとは思えません。根本的には,生分解しない石油プラスチック製品を使い捨ての容器包装類に使うこと,それ自体を見直す必要があるのだと思います。11月に発表された世界エネルギー機関(IEA)のワールド・エネルギー・アウトルック(World Energy Outlook 2010)でも在来型の原油生産のピークは2006年の7000万バレル/日で,原油生産が今後それを超えることはないとしています。石油というとエネルギー消費とそれに伴う温暖化に関心が向かいがちですが,石油ピーク後の世界に生きる者として,私たちは工業原料についても脱石油化を真剣に考えるべき時期を迎えているのだと思います。私は海ごみ問題を脱石油を考えるきっかけにしていければと考えています。

 

世代間問題としての海ごみ問題

韓国から漂着するポリタンク問題のように,海ごみ問題には地域間問題という側面があります。確かに,海ごみが大量に漂着する隠岐の島のようなところでは,漂着ゴミは地元で何とかできる範囲を超えており,地域間の被害・加害問題は確かに重要な問題ではあります。しかしながら,これは海ごみ問題の一側面であり,これと同様に(あるいは更に)重要な側面として,世代間問題という側面があります。

プラスチックの海ごみは生分解しないため,海岸や海底に蓄積していきます。プラスチックは生分解しませんが,紫外線により劣化し,波の作用などにより次第に細かく破砕されていきます。そして砂粒のように小さくなったプラスチックは,拾い集めようにも拾うことが不可能になっていきます。このままいくと,私たちは,将来世代に回収不能のプラスチックで汚染された海を残すことになります。そして,プラスチックに含まれる化学物質が自然の生物や生態系に与える長期的影響については,ほとんどわかっていません。

日本近海では海流が西から東に向かって流れるため,中国のゴミは韓国へ,韓国のゴミは日本に漂着するということになっています。しかし,日本人が中国や韓国の人に比べて特別にマナーが良いということもないと思われるので(実際,鳥取の海岸に漂着する海ごみの大半は,国内の陸上起源のものが占めています),日本のゴミは太平洋を漂っているものと思われます。日本の場合は東が太平洋で隣国の陸地がないため,他国に被害を与えて苦情が来るようなことは今のところありませんが,私たち日本人も将来世代に回収不能のプラスチックという負の遺産を残していることは間違いありません。

北太平洋で行われている調査によれば,近年,網にかかる海ゴミの量は増えていないとのことですが,その理由は,プラスチックが劣化して細かくなり,古いゴミが網にかからなくなっているためだと考えられています。海ゴミ問題への対応が手遅れとならないためには,個人の倫理・道徳に訴える以上に,社会全体として石油プラスチックの使用そのものを見直す必要があるのだと思います。

 

【図版出典】

 

(あらた てつじ:KIESS事務局長・鳥取環境大学准教授)

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