日本の環境技術(内藤 正明:MailNews 2010年12月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2010年12月号に掲載したものです。

◇◇◇◇◇◇◇◇

環境技術の歴史的変遷

環境を保全するための技術を広く「環境技術」と呼ぶと,その内容は多岐にわたる。生産のための技術を「動脈系技術」と呼び,これとの対比で「静脈系技術」と呼ばれることがあり,この対比は環境技術の役割を特徴付けるのに意味があるので,以下にも用いる。

環境技術を歴史的にみると,まず“公害防除”,さらに“自然保護”の技術がその中心であった。その頃は,産業や開発という動脈系の活動がもたらす副作用(環境影響)を軽減するための,いわば裏方技術であった。これらは,静脈の末端(end of pipe)での対策・対応から始まったが,その時の「公害防除技術」の性能は世界的にも高く評価されるものであった。しかしこのことが,その後の新たな環境問題に対する技術の発展の障碍となった。つまり,末端対策で済む時代から,生産・開発という動脈系のあり方,さらには産業構造そのものの変革さえも必要な状況になってきたにも拘らず,日本では“優れた防止技術”の延長線上での対応から離れられないことである。

昨今の地球環境問題にいたっては,自然エネルギーや原子力,省エネ家電なまでがエコ技術としての対象となっているが,それらは動脈系そのものである。つまり,今後の生産や開発という動脈系は,環境を最重要な価値基準に置くことなしには存在しえないともいえる。しかし,この段階でも産業構造そのものを見直すのではなく,既存の単体技術の性能を高めることに関心が特化している。いま国や自治体の温暖化防止の議論においても,「原単位」か「総量」か,という議論がしばしばなされて,結局は原単位に落ち着くのと同質である。これは,公害防止技術の成功体験に留まらず,産業立国としての成功体験への固執であろう。

 

環境技術は社会の在り方と不可分

動脈系の技術は,どの国でもその機能や効用は同様に発揮され,ユニバーサルであるという面が強い。一方,静脈技術は社会のあり方と特に不可分であるにも拘らず,日本ではそのことに対する認識が欠けていると思われる。技術とそれを受け入れる社会の有り様との不可分な関係を示す事例は数多くある。

その一例を,「生ゴミのバイオガス化」技術にとると,その原理自体は,原料である生ゴミを嫌気条件下で適正な温度と湿度に保って,発生ガスを得ればいいので,それほど高度なものではない。しかし,我が国ではそれが特段に役立ってきたという状況にはない。一方,中国の雲南省などでは大変普及していると聞く。ただし,下の写真から想像されるように,技術レベルならば日本のものがずっと高度であるようだ。だが,社会での役立ち度合いでは逆である。雲南省では発生するメタンガスがエネルギー源として家庭に役立ち,固液の残渣が肥料として大いに役立っている。しかし,都市ガス網が完備し,安価で便利な化学肥料が手に入る日本では,バイオガス装置からの副生物は,ほとんどの場合に廃棄物として処理するしかない。そのため,多大の費用とエネルギーのロスが発生するので,よほど特殊な場合でなければ実用には至らない。

途上国への技術援助において,日本をはじめ先進国の高度技術の移転が,このような相手の社会条件に対する配慮不足のために成功しなかった事例が,多く報告されている。

1012_naito_fig1

中国の農村におけるメタン発酵装置(2007.3.27 湖南省にて楊瑜芳撮影)

 

適正技術の必要性

このような事態に対して,すでに20年も前に「代替技術」という概念が,シューマッハによって提起され,それを基に「地域技術」とか「適正技術」など,これまでの高度な近代技術とは異なる技術概念が提起された。最近になって「適正技術」という言葉が再び聞かれるようになってきたが,それは必ずしも途上国のためではなく,国内で崩壊の危機にある地方の再生にも,このような技術が重要であるとの認識からである。

人工的な都市社会では,社会の構造自体が世界中ほぼ共通しているので,技術も世界共通のユニバーサルな特性で機能する。日本車はどこの国でも同様の使い方で性能を発揮して受け入れられる。しかし,先のバイオガスの例に見たとおり,非都市的な社会における静脈系技術は,それを受け入れる社会の自然的,社会・経済的な状況に大いに支配される。

ごく最近になって,「社会技術」という概念が提起されている。これを私は,これまでの企業(for stockholder)利益のためではなく,社会全体(for stakeholder)の利益のための技術と定義している。なお,これに加えて工業化に大きく遅れた途上国の技術を「家庭技術」と呼んでいる。このように“誰のための”という定義が必要なのは,企業利益を尺度にしてきた技術が,動脈系であれ静脈系であれ,スケールメリットと過度な高付加価値化を追求したことが,地球環境と石油資源の危機をもたらしたことによる。

いよいよ化石燃料に大きくは依存しない「脱石油型,または低炭素型」の技術体系が求められに至った。そこから改めて適正技術に立ち返った新たな技術の議論が始まってきた。

 

地球環境技術の二つの方向

改めて地球環境問題に対応する技術を見てみると,いま大きく二つの方向がみられる。その一つは,これまでの技術の延長線上での「技術高度化シナリオ」である。核エネルギー,宇宙での太陽発電,深海のメタンハイドレートなどの研究はその例である。これに対してもう一つは,人類が改めて自然生態系の一員として生き直すべきとするもので,このためには当然,社会のあり様も含めて新たな技術の体系を構築することを必要とする「社会変革シナリオ」とも呼ぶべきものである。

「技術高度化シナリオ」の課題は,まだそれが本当に実現するかどうか,また総合的に評価して,真に人類生存にどれほど有効なのかを精査する課題がある。一方,「社会変革シナリオ」は,有限の地球という制約の中で新たな技術体系を見つけようとするものであるから,これまでと異なる理念が必要となる。それを科学的原理で言えば,一つは,開放系の原理から,地球を一つの閉じた系とみる有限世界での「物理・化学・生物生態的原理」と「社会・経済原理」への転換であろう。

どちらの立場をとっても,改めて“人類の持続的生存”を目標として設定することが前提となるが,そのためには新しい規範と価値体系が再考されなければならない。したがってこれからは,単なる技術の領域の中だけでそのあり方を議論しているわけにはいかず,「人間いかに生き延びるべきか」に関する哲学が,その前提として必要になる。

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

◇◇◇◇◇◇◇◇

KIESS MailNews は3ヶ月に1度、会員の皆様にメールでお送りしている活動情報誌です。

KIESS会員になっていただくと、最新のMailNewsをいち早くご覧いただくことができ、2ヶ月に1度の勉強会「KIESS土曜倶楽部」の講演要旨やイベント活動報告など、Webサイトでは公開していない情報も入手できるほか、ご自身の活動・研究の紹介の場としてMailNewsに投稿していただくこともできるようになります。

詳しくは「入会案内」をご覧ください。