アメリカを鏡として見る—日本の社会と文化(内藤 正明:MailNews 2016年6月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2016年6月号に掲載したものです。

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今回は、「アメリカの鏡・日本1)」(ヘレン・ミアーズ注)著)を紹介してみたい。これはアメリカ人の眼でアメリカという国を鏡として見た「日本社会と日本文化の特徴」を分析したものである。

最近、外国人から見た日本および日本人論が多く見られる。特に最近は日本礼賛が増えてきて、本だけではなくマスコミの情報としても次々に発信される。しかし、いま紹介しようとするこの本は最近のものではない。かといって、明治維新の開国前後に訪れた異人さんのニッポン見聞記でもない。

著者ミアーズは、第二次世界大戦終了時に占領政策を立案するGHQの一員として来日した社会学者であり、自らの使命に忠実であろうとして、極めて客観的に日本という国の“成り立ち、自然と社会、その関係から生まれた文化と人々の価値観”を深く考察した。その視点が、占領軍として進駐してきたアメリカという国を鏡として描いているところに、比較文化論を踏まえた分析の深さを感じる。

このミアーズの考察に特に関心を持ったのは、そこからの延長線で、今の我々の課題である“地球の持続可能性を誰がどう守るのか”という考察につながるのではないかと考えたからである。

日本社会の成り立ちに関するミアーズの分析

では、ミアーズの日米文化の比較分析はどのようなものか。それは以下の言葉に要約される。

『日本文明の発達形態は、私たちとはまったく逆なのだ。彼らは空間を征服し、富を活用する必要はなかった。その代わり富を保存し、狭い土地を最大限に利用しなければならなかった。彼らは長大な距離を結び、広大な空間を開発する必要はなかったが、その代わり、寄り集まって生きる方法を編み出さなければならなかった。彼らは豊かさの中にある貧しさを解決する必要はなかったが、貧しくても豊かであるがごとく幻想する方法をつくり出さなければならなかった。

日本が近代までの長い時間をかけて発展させてきた文明は、彼らにとって論理的であり、実際的なものだったのだ。それは私たちの文明が、私たちにとって論理的であり、実際的であるのと同じである。アメリカ人はよその土地で活発に動こうとした。だから私たちは社会的、政治的自由を求め、自動車や汽車や飛行機を開発してきたのである。

前近代の日本人は同じ場所に留まって、そこにあるものを大事にしようとした。だから彼らは社会的にも政治的にも集団で生きることを求め、緩やかで儀礼的な社会をつくった。そして型と儀礼によって物質的貧しさを補ってきたのである。

私たちは個人主義と民主主義を唱えてきたが、日本人は違った。彼らが置かれた状況では、個人行動は社会を乱すものであった。彼らは個人を集団に従属させ、関係を固定化する世襲制度をつくり、個人行動を抑制した。私たちは束縛のない競争社会を追及することで発展してきた。日本人は競争を抑えた。そして、おおむね、人々は職業によって決められた世襲の階級に属するという社会模範を守ってきた。』

社会学の専門でもないので、この論旨に難しいコメントをする知識は持ち合わせてはいないが、これまでの知識の範囲でも、この説は納得できるものである。

 

来日したミアーズの立場

この一節がアメリカと比較した日本文化の特徴を端的に言い表しているとすれば、ここから様々な今日的な課題が見えてくるが、その前に、このミアーズがGHQの一員として終戦時に占領政策の立案のために来日した人物であったことがまず興味深い。いまでこそ欧米人にも日本文化への理解が深まっているが、当時のアメリカ人は日本を「好戦的で世界制覇を意図してどこまでも侵略する」野蛮民族であると規定し、徹底的にそれを壊して平和と民主主義を植え付けるしかないと信じて、その占領政策を行うべく進駐してきた。そのようなメンバーの一員である彼女が日本文化の特徴を的確にとらえ、そのような理解に立って占領政策を進めるべきと考えていていた。

さらに日本の文化や社会のあり方を、「集団で生きることを求め、緩やかで儀礼的な社会をつくり、型と儀礼によって物質的貧しさを補ってきた。また、競争を抑え、おおむね、人々は職業によって決められた世襲の階級に属するという社会模範を守ってきた。このような民族が世界征服を目指す好戦的な文化を形成してきたはずはない」と、日本が戦争にいたる行動を一方的に責めることは、その社会が生きてきた環境の中で長い間掛って培われてきた文化に対する理解を欠いた偏った判断であると、当時のアメリカ人の日本観を糾している。

このミアーズの著書が当時のGHQによって翻訳出版することが禁止されたことからも想像されるが、この彼女の主張が現実の政策に大きく反映されることはなかったのだろう。そのことは日米双方のその後の歴史にとって、様々な禍根を残し、今日の改憲論議にまでつながっているのではないかと思わせる。

 

人類持続のための哲学
世界観について

ミアーズ以外にもこれまで、東西の文明の違いを論じたものは多々あって、それをこれまでにKIESSの出版物などでも紹介してきた。原点は荒田事務局長の問題提起が基になった東西文明の世界観に関する考察である。

要約すると、西洋は“地球を含む全宇宙を対象”とした世界観を形成してきた。その第一の特徴は、世界は無限に拡がっているという「無限世界観」であるのは、ミアーズの理解と通底する。ここでは、人の進出を待つ広大無辺の宇宙があり、それに向けて無限のフロンティアを開拓することは、他者の領域を犯すことにはならない。したがって、「競争」こそが社会を向上させる動因となる。なお、地上は無秩序な部分世界で、もし地上フロンティアが消滅したら、地球を離れて神の法則が支配する宇宙に進出することは、必然の帰結である。

一方、仏教のみならずア二ミズムの世界観では、世界は地球上の生態系にシステムを閉じていると考えられる。そして、「人は自然の一部」として自らが生きる規範を、生物・生態系の法則の中に見出してきたが、その中心は「循環(輪廻)」と「共生」であるといってもいいだろう。

 

倫理観について

自分達の住む世界をどう見るかは、人々の価値観・倫理観を大きく左右する。外国語にはない“おかげさま”、“もったいない”などという言葉が意味する、自らを抑制して他の生命に思いを致すという倫理観は、ミアーズの分析にもある日本社会の文化の特性から来る。

このことについても、幕末から明治にかけて来日した異人さん達はいくつもの記録を残している。その中で知られたポール・クローデル注)の「彼らは貧しい、しかし高貴である」という言葉は示唆的である。また、最近の大震災時に見せた日本人の態度が、世界中からの賛辞を得たことも、その倫理観が生き続けていることを証明している。

 

持続可能社会に対する日本の役割

いま地球環境の危機を克服する人類持続のための方途が模索されているが、その方向は世界的にも、我が国の中でも大きく二つに分かれている。一つはこれまでの近代工業文明の力を信じて、無限発展を指向するいわば「脱自然」の立場である。もう一つは、限られた世界の中で“生物の一種”であることを受け入れて、生態学的法則に従って循環共生社会を再構築する「自然回帰」の立場である(下表参照)。

 

表:「持続可能社会」の二つの方向

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終戦直後のミアーズの解説を、今日に当てはめると、無限の広がりを持った空間の征服を目指すアメリカ文明が、ついに世界を覆いつくした結果、いま地球全体が日本のような閉ざされた有限の空間になってしまった。そこで、日本人が閉鎖空間に長く生きてきた文化こそ、いまの地球環境時代の持続可能社会にふさわしいということになるだろう。その培われた世界観と倫理観に依って、自然回帰社会の道を世界に示すなら、「軍事力」でも「経済力」でもなく、「倫理の力」で世界から尊敬をかちえるという、人類史上で最大の名誉を担うことになるだろう。

これこそ日本が選ぶに価値ある道…とは平和ボケのたわごとで、世界の情勢はそんなに甘いものではないという反論があるかもしれない。しかし、各国、各人が力でしかその生存が守れないと考えたら、人類が共倒れになるだけではなく地球生態系も破壊し尽されるだろうことは、今の世界の状況を見れば想像に難くない。まさに仏教やキリスト教のいう、“末世、ハルマゲドン”がいよいよ到来するのではないかと思うのは、筆者だけだろうか。

 

  1. ヘレン・ミアーズ (著),伊藤 延司(翻訳):アメリカの鏡・日本 完全版 , 角川学芸出版, 2015.
  • Helen Mears(1900-1989)。1946年、GHQの諮問機関「労働政策11人委員会」のメンバーとして来日。1948年に原著”Mirror for Americans: Japan”を出版。
  • Paul Louis Charles Claudel(1868-1955)。フランスの詩人、劇作家、外交官。1921-27年フランス駐日大使に就任。

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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