人類持続社会は誰もが役割を持つ社会(3)(内藤 正明:MailNews 2012年2月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2012年2月号の記事に、一部加筆修正を加えたものです。

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これからの社会の姿をどう描くか

 

持続可能社会の二つの姿とは

ここ10年余りも,世界中が“持続可能社会”を議論してきたのに,その姿はまだ明らかではありませんし,特に日本では大変混乱していると思われます。それは結局のところ,①いまの危機状態をどこまで認めるか,②その原因をどこまで遡って考えるか,ということにかかっていると思われます。さらに加えて,立場によって利害が異なることも,議論を難しくしています。

その対立的な状況を整理すると,大きく2つの将来社会像になるといえるでしょう。その二つを,専門家は「シナリオA」と「シナリオB」と呼んでいます。図1は,その二つを対比したイメージ図ですが,その概要は,

【シナリオA】
原子力や太陽光技術、電気自動車などを開発しこれを普及するといった方向です。これはさまざまな技術を積み上げて,地球環境や資源の問題を,いわば対症療法で克服しようとするものです。これを「先端技術型シナリオ」と呼び,最近は「“輝ける”未来」とも呼ばれます。

【シナリオB】
20世紀の石油文明そのものが今日の危機の原因であると考えて,いまの技術も産業も,社会・経済のシステムもすべて変革し,自然の恵みの中で生きていこうとする立場です。筆者はこれを「自然共生型シナリオ」と呼んできましたが,最近「“懐かしき”未来」という呼び方もされます。

 

図1:持続可能な社会の二つの姿

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国が主導してきた「先端技術型(輝ける未来)社会」

これまで国が中心となって提案してきたのは,先端技術で克服していくという方針でした。これは,大規模工業社会を作り上げてきたこれまでの行き方の延長線にあります。しかし,これまでのデータを見る限り,あまり成功していません。

クルマも家電もエコになって,エコポイントで買い換えを奨励し,たくさん売れました。それでも国全体でエネルギー消費が減らなかった理由は,一つ一つがエコになっても,数が増えれば総量は減らないということです。家庭のエネルギーでも,家族がばらばらになって世帯数が増えるに比例して増加しています。このことからも,省エネは技術よりも,人々の生活スタイルが大きく影響することが分かります。人の絆を作るためにも,地球にやさしくなるためにも,家族や仲間で共に住む時代がきているといえましょう。

 

地方から見られ始めた「自然共生型(懐かしき未来)社会」

いまの危機を作り出した原因を,「石油消費の上に成り立つ大量生産・大量消費の経済システム」にあると考えるならば,当然この“生産システム”とこれを支えてきた“社会経済の仕組み”そのものを変えないといけないでしょう。それは,石油文明に代わる新たな文明への変革です。しかし,石油文明に支えられて出来上がった大都市・大規模工業社会では,このような転換は容易ではありません。できるとしたら,都市と工業の繁栄から取り残されてきた地方が,“周回遅れのトップランナー”として,新しい文明社会を生み出すことであると思われます。

しかし、大規模工業から脱却して何で食べていくのか,という問には「食べるものをできるだけ自分達で作って食べていくしかない」というのが,私の答えです。そう言うと,「日本で農業では食べていけないから,懸命に努力してようやく工業で金を稼いでここまで豊かになったのではないか.」という反論が返ってきます。

しかし、世界中の生態系が崩壊の危機にあり、「生物多様性」という言葉が一般の人々にも使われるようになったいま,「お金を食べて生きられますか」といった本が出されるようになりました(図2)。

 

1202_naito_fig2

図2:「生存の条件」1)

 

食料の半分近くを食べずに捨てている今のグルメ日本の“豊かさ”は論外として,何とか皆で分かち合って,食べていける方策を見つけるのが,持続可能社会の第一条件だと言えましょう。これは環境と福祉に共通する基本の姿ではないでしょうか。

 

そもそも国は何を目的とするのか

我が国がずっと推進してきた技術に依存する「シナリオA」の最大の問題は,これが石油と原子力を前提になっていることです。いま人類が直面する危機が石油資源の逼迫と温暖化にもあるとすれば,石油依存社会が長く続かないことは明らかです。一方、原子力もこの度の震災で期待できないとすれば,シナリオ自体が成り立ちません。

我が国がこれほど技術にこだわるのは,戦後復興のために産業立国の道を選び,産業の発展こそが国の発展であるとしてきたからです。産業社会では国民は企業で「労働者」として働き,企業に所属しないと自らのアイデンティティさえも持つことができません。因みに,戦前は「軍事社会」であって,国民は一兵士として身を捧げて戦場に赴き,それに役立たない者は非国民とされました。このように,国が一つの目的を持ったいわば「機能体」であるなら,国民はその目標に役立つことで存在が評価され,障害を持つ人や高齢者などの社会的弱者は,お荷物でしかありません。これからの国というのは,構成員たる国民一人一人が幸せになる「共同体」だという定義があって始めて、弱者も真に同等に尊重される社会になるでしょう(図3)。

 

図3:国家とは目的をもった「機能体」か

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参考文献

  1. 旭硝子財団:生存の条件 -生命力溢れる地球の回復-,信山社出版,2010.

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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