農系社会再生の意味と方向(内藤 正明:MailNews 2011年2月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2011年2月号に掲載したものです。

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今日の地域(農村)再生議論の混乱は?

農村経済が疲弊して,人口減少にも歯止めが掛からない状況である。これに対してどう対処するか,多くの議論がなされてきたが,この農村再生議論の中でいつも話題になるのは,“外部に農産品を買ってもらう,または外部から人に来てもらってお金を稼ぐ” ための方策をいかに見つけるかということである。つまり,農業が食っていけないから担い手も無くなり,農系社会が崩壊するので,まず儲かる農業を…,というのが議論の最初に来る。

しかし,先日,ある地方で I ターンした若者との話を通じて,それは順序が逆なのではないかと気付かされた。いま若い人たちも,そして当然リタイア組みなども,農業に関心を持って Iターン,Uターンしようとしているのは,農によって稼ごうということが第一義的な目的にはなっていない,というより今の農業が決して金が稼げるような仕事で無いことは承知した上でのことである。それよりも,自然と共に暮らすよろこびや,農の営みの豊かさを享受したいという欲求にある。さらには,この工業社会がこのままでは危ないことを予見し,最後には農に行き着くことを感じているからでもあろう。勿論そのような事態に近づけば,農は経営的にも最も儲かる仕事にはなるはずであるが。

そのような農系回帰を希望する人々にとって,その実現が困難なのは,稼げないからという「経済的な障害」が必ずしも第一ではない。それよりも,「社会的なバリア」,つまり“新参者は受け入れられない,農業のノウハウが分からない,差し当たっての生活が難しい,子供の教育機会がない”などの問題が大きい。事実,そのような障壁を少しでも低くする努力が,各地で様々になされて成功しつつある例も見られる。

このような状況を考えたとき,どのような対応が適切なのだろうか。それを考えるには,そもそも農村社会の成り立ちの原点に還って考えることが必要なのではないか。これは,農業関係の専門家にとっては常識であろうが,いま“街づくり,地域活性化,脱石油社会への変革,新産業創造”などのさまざまな分野から議論に参加している専門家は,自分達の分野からの発想で農系社会の再生を考えるために議論が混乱し,時には誤った方向を指向しているのではないかと感じられる。そこで,本来の農系社会とはどのようなものか,したがって農系回帰とはどうあるべきなのかを,門外漢の“岡目八目”で整理できればと思った次第である。

 

農系社会の崩壊の原因

地球からみれば,恐るべき負荷をもたらした人間社会が,どのようにして生まれたかという背景は,文明史から人類史にまで遡る議論もある。しかし,産業革命以降の100年余の大規模工業化が,問題の最大の根源である。特に我が国では,経済的に急発展した戦後60年に,今日の問題の元がある。

戦後の荒廃の中でわずかに残った「人・物・金」を有効に生かすために,これらを集中化し“産業立国”としての道を強力に押し進めたが,この選択が適切であったことは,目指した経済復興が驚くべき速さで達成されたことによって明らかである。ただし,この過程で多くの副作用が生じた。それはまず,工業化での経済効率追求から生まれた大量生産・消費による,資源浪費と環境負荷の発生であり,一方で地域には建設事業を通じた財の分配過程での自然破壊である。この結果は農系生産の衰退と農山村環境の荒廃である。それが過疎高齢化,食糧自給率の低下を,逆に都市過密による生活環境の劣化,工業系の生産過剰と人手余りなどの社会病理をもたらした。このような行動は,工業先進国が大なり小なりとったために,そのツケが全体としていまの地球環境の危機をもたらしたものである。

 

農村再生の方向をどう考えるか

歴史的背景を考えれば,いまの状況を解決するには,もう一度農系社会を健全な形で復権することが必要である。では,その正しい方途はどのようなものだろう。それを考えるに当たって,そもそも農村社会というのは,どのようなものであったかを考えてみる必要があるだろう。

世界中で,農業が始まって以来,農系社会が成り立ってきた仕組みというのは,

  1. 自分と家族が作って食べる自産自消,自給自足
    「自給経済」,自然の「存在価値」に依拠
  2. 地域で支え合って食べ,生活していく 地産地消,むら共助
    「互酬経済」,自然の「利用価値」に依拠
  3. 農生産の余剰を市場に出して,適度な現金収入を得る
    「市場経済」,自然の「交換価値」に依拠

という三層構造があった。その3つの重みはそれぞれの状況に応じて異なるとしても,それらが一体になって農系社会で生きる人々の生活を成り立たせてきた。

ところが,近代の産業社会となって,市場経済が生活を支配して,その他の部分が急速に消滅していき,いまでは「農家が近くのコンビニで農産物を買う」という状況さえ見られるようになった。これが経済合理的であるとしても,何かがおかしいと皆が感じ始めている。その奇妙さをここで論じるのは割愛するとして,その状況が急激に変化せざるを得なくなってきたのが,上記のような近年の都市工業系の衰退と地域農系の崩壊状況である。

そのような状況下で,農業系の復活が議論されてきたが,そこでは常に「市場で成り立つ農業形態,経営的に優れたビジネスモデルなど」,③の領域の方向ばかりが議論される。しかし,かつての農系社会の成り立ちから考えると,その議論はいまの産業社会の論理,市場経済至上主義に歪められていると言わざるをえない。たしかに,すべてが市場で動いているいまの社会で,地域だけがそこから完全に抜け出ることは現実的ではない。したがって,世界経済や資源・地球環境などの推移を見ながら,①,②,③の適正な組み合わせを考えていくことが必要であろう。それらは,

  1. 自給経済
    自家消費としての農,趣味としての家庭菜園(お金の要らない世界)
  2. 互酬経済
    地域やコミュニティでの生産物の交換,ソーシャルファーム(地域通貨の世界)
  3. 市場経済
    大規模経営,ブランド産物,直販,ネット販売,6次産業化,10次産業化(グローバル通貨の世界)

のすべてを含んで,これらを新規営農希望者の求めと,地域の社会・自然条件に応じて適切に組み合わせることである。

 

非市場的要素の必要性とその阻害要因

最近の農業志望の若年層は,金儲け以外の価値を農村に期待しているが,経済至上主義世代(団塊前後)は,そのような価値観を理解しがたいために,農系変革だけではなく,あらゆる面での変革を阻害している。元々,農産品を市場に売って,外から金を儲けることを目的にして生まれた農村は,古今東西それほど多くはなかったはずである。それが,近代の産業社会で,「金さえあれば,人の繋がりも,自然との繋がりも無くても生きていける市場社会」にしてしまったことの反省に立って,地域再生を図るのが本筋ではなかっただろうか。それなら,まず本来の農村社会のあり方に戻って,①自分の力,②地域の力,そして最後に③外部の力,を当てにして,村おこしを図る,ということを再確認する必要があるのではないか。

なお,いま危惧される気候異常や生物多様性の危機が現実のものとなった時点では,石油依存(したがって,大規模効率化農業)は成立し得ないので,③から②,①という健全な農系社会の復権は必然である。その時点では,間違いなく農生産が主役の社会にならざるを得ない。もし,そのような事態が到来しないで,しかも人々が農的な営みを希求しないならば,このまま農村が衰退するとしても,それは歴史の必然である。「撤退の農村計画」を進めるまでもなく,自動的にそうなるだろう。

 

Comment

荒田鉄二(KIESS事務局長・鳥取環境大学准教授)

Iターン,Uターンに関連して「半農半X」というようなことがいわれますが,農家のほとんどは兼業化しているので,これまでも農家は「半農半X」だった。しかし,大都市地域への一極集中化によって農村地域からは農業以外の仕事もなくなってしまったので,結果として農村を離れざるを得なくなっているのだと思います。現在の農村地域では,アーティストなど特別な才能がないと兼業農家も務まらないということ。

多くの兼業農家が第2種兼業で農業所得に多くを期待していなかったように,Iターンなどで農系回帰を目指す若者も農業所得には多くを期待しておらず,それよりも自給的で安心安全な暮らしを求めていると思うのですが,子供の学費など,どうしても現金が必要になります。介護ビジネスでも何でも良いのですが,若者が農村で暮らしていくためには「半農半X」を成り立たせる農業以外の仕事が必要なのだと思います。

現在の新規就農者研修では,農業で稼ぐということを前提に慣行農法を教えているのですが,農系回帰の若者が求めているのは安全安心な暮らしのための有機農業だというミスマッチがあります。現状では,若者は,農業で稼ごうとすると有機農業の夢を諦めざるを得ず,有機農業にこだわると暮らしていけないということになります。

石油がなくなるまでの繋ぎに過ぎないかもしれませんが,今後の農村再生を考える場合には,農村の暮らしを農業だけで考えないことが必要なのだと思います。

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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