※ この記事は、KIESS MailNews 2019年4月号に掲載したものです 。
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はじめに
近年,海に抽出したプラスチックごみによる海洋汚染問題が地球規模の重要課題となっている。海ごみは,存在状態から大別すれば,漂流ごみ,漂着ごみ,海底ごみに分類でき,発生源からは自然由来と人工由来の廃棄物に分類できる。特に注目を集めているのが海岸漂着する人工物のごみのうち,70%(個体比)程度を占める廃プラスチックによる海洋汚染である1)。
近年は陸域から海洋へ流入する不適切な処理や投棄により処理されない廃棄プラスチックは年間480万~1,270万トンと推定されている2)。一方で,海洋での観測結果に基づくモデルシミュレーションから地球上の海洋に浮遊するプラスチックは27万トンと推定3)されており,流入量に比較して,浮遊している量が少ないため,多くは海底に沈着,堆積していると考えられている。わが国の水産庁の調査でも日本海の排他的経済水域(EEZ)の海底に数千トンを超える漁網や漁具が沈んでいることが明らかにされるとともに,国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の調査で水深6,000m以上の日本海溝の深海底に買い物袋などのプラスチック製品が多数沈んでいることが報告されている。プラスチックが生活のあらゆる場面で利用され始めたのが1960年代であり,半世紀が過ぎた現在,膨大な量のプラスチックごみが海底に堆積していることが推測される。
この廃プラスチックによる海洋汚染問題が21世紀に入って深刻化した理由は,外洋の還流および沿岸の堆積物から微細化したプラスチックが発見され,生態系に侵入する可能性があること4)が指摘されると同時にプラスチックごみが海洋生態系において有害化学物質を吸着・搬送する媒体になることが明らかにされたからである。また,人間が生活しない北極圏や南極圏でも微細化したプラスチックごみが検出され,世界中の海域へと問題が拡大化していることも明らかになっている5)。
海洋プラスチックごみに対する国際および国内動向
このような実態を鑑みて,先進国のみならず世界でプラスチックごみへの対策が始まっている。まず,国連は2015年にミレニアム目標に次ぐ2030年までの目標として,持続可能な開発目標(SDGs)を採択し,17の目標の1つに海洋保全を挙げている。この中で,2025年までにあらゆる種類の海洋汚染を防止し,大幅に減少させるとし,漂流プラスチックごみ密度を重要な指標としている6)。また,2017年に開催された国連海洋会議において,マイクロプラスチックとプラスチックの長期的な削減戦略の実施が合意されている。また,昨年UNEPはそのレポートの中で,世界で生産されるプラスチックが2015年度約4億トンにのぼり,多くが使い捨て梱包・容器であるなど,現在のプラスチック問題の現状と使い捨てプラスチックごみの削減に向けた方策について報告している7)。
一方,わが国では2009年7月に議員立法により「美しく豊かな自然を保護するための海岸における良好な景観及び環境の保全に係る海岸漂着物等の処理等の推進に関する法律(海岸漂着物処理推進法)」が国会に提出され,全会一致で可決され,公布・施行された。同法は2018年6月に改正され,海岸の景観及び環境保全のために,海岸漂着物の円滑な処理,海岸漂着物等の発生の抑制,マイクロプラスチック対策および財政上の措置を定め,事業者に対してマイクロプラスチックの海域への流出が抑制されるよう,廃プラスチック類の排出抑制や使用後に公共の水域・海域に排出される製品へのマイクロプラスチックの使用を抑制する努力義務を課している。
わが国は海洋プラスチックごみに対する法制度を整備し,削減に向けた取り組みを始めてはいるが,他の先進国の動きと比較するとその遅れは否めない。例えば,2018年6月G7シャルルボワサミットにおいて,持続可能な海洋と漁業の促進,強靱な沿岸及び沿岸コミュニティの支援,海洋のプラスチック廃棄物や海洋ごみへの対処する「健全な海洋及び強靱な沿岸部コミュニティのためのシャルルボワ・ブループリント」は承認したが,同時に提案された「G7海洋プラスチック憲章」はアメリカとともに承認を見送った。この背景には,シャルルボワ・ブループリントはいわゆる行動指針であることに対して,G7海洋プラスチック憲章は「2030年までに100%のプラスチックが再使用可能,リサイクル可能または実行可能な代替品が存在しない場合には熱回収をする」「2030年までにプラスチック包装の最低55%をリサイクルまたは再使用し,2040年までには全てのプラスチックを熱回収含め100%有効利用する」といった具体的な数値目標8)があり,使い捨てプラスチック製品に対する発生抑制の規制的施策がないわが国がこの憲章を承認することによる国内経済への影響を懸念した点が考えられる。さらに,プラスチック消費量の多さや海岸線の長さ,海流やプラスチック消費が拡大する途上国との位置関係などを考えれば,容易に承認できない要素が数多くある。しかし,2015年のG7エルマウ・サミットで策定された「海洋ごみ問題に対処するためのG7行動計画」から一定期間を与えられていたことを考えれば,この間の動きが停滞していたことは否定できない。この遅れを取り戻すべく,現在第4次循環型社会形成推進基本計画を受けて検討されたプラスチック資源戦略には海洋プラスチック憲章の数値目標を反映させ,マイルストーンが設定され,2019年に大阪で開催するG20に向けて,特に使い捨てプラスチックに対する循環利用や発生抑制に向けた動きが期待される。
海洋プラスチックごみの生物への影響
このような世界的な動向に対して,2016年世界経済フォーラム(ダボス会議)の報告書では,世界のプラスチック生産量が1964~2014年の50年間で20倍以上に急増し,今後20年間でさらに倍増する見込みであることが示されている9)。この報告をベースにすれば,今後も廃棄されるプラスチックごみは増加することになり,十分な対策がなければ,相当量のプラスチックごみが海域に流出し続けることが懸念される。さらに,近年は気候変動の影響で集中豪雨など自然災害によって,大量のごみが河川を通じて沿岸に漂着している。
このプラスチックごみが生物に与える影響として2つの側面が指摘されている。1つはプラスチック自体が物理的な異物として影響する点で,餌と誤飲・誤食して消化器内へプラスチックごみが蓄積し,死亡につながる事例や漁網やロープの生物への絡みつき,海浜植物の生育阻害,ゴーストフィッシングなどの報告があるように海洋哺乳類や鳥類,魚類への生理学的な被害である。もう一つは,添加剤及び海中から吸着した化学物質が生体に影響を与える点である。例えば,プラスチックに含有されているPOPsなど添加剤の一部がプラスチックを摂食した生物の組織へ移行・蓄積することが明らかになりつつある10)。また,これら2つの影響が同時に作用する可能性もあり,今後はマイクロプラスチックの影響で大型動物のみならず,小型生物さらには人体への影響も否定できない。
プラスチックごみの発生抑制と代替素材の開発
海洋プラスチックごみ対策として,まず取り組まなければならないのが発生抑制と代替素材の開発である。欧州をはじめ各国で使い捨てプラスチックの禁止あるいは代替製品への転換などの規制が始まっている。しかし,生活の中で利用されている使い捨てプラスチック製品のすべてを規制できるわけではない。そこで海洋プラスチックごみ対策として,期待されているのが生分解性プラスチックへの転換や生分解性プラスチックとともに地球温暖化防止の点からバイオマス由来のプラスチックの導入がある。バイオプラスチックの明確な定義は難しいが,欧州のバイオプラスチック産業を代表する業界団体であるEuropean Bioplasticsによれば,バイオプラスチックは3つの大きなグループに分類され,それぞれ特性がある。
- 生物由来の原料(部分的も含む)を用いた非生物分解性のプラスチック バイオベースのPE(ポリエチレン),PP(ポリプロピレン),PET(ポリエチレンテレフタレート),PA(ポリアミド),PTT(ポリトリメチレンテレフタレート)など
- 生物由来の原料を用いてかつ生物分解性を有するプラスチック PLA(ポリ乳酸),PHA(ポリハイドロキシアルカノエート),PBS(ポリブチレンサクシネート)など
- 化石燃料由来だが生分解性を有するプラスチック PBAT(ポリブチレンアジペートテレフタレート),PCL(ポリカプロラクトン)など
図1及び図2に示すように,2022年における世界のバイオプラスチック生産能力(材料利用)は205万トンと見積もられている。タイプ別には生分解性プラスチック(biodegradable)が42.9%,生物由来で非生分解性プラスチック(bio-based/non-biodegradable)が57.1%であり,市場シェアとしては包装材への利用が多いと推定されている11)。2022年における世界のバイオプラスチック総生産能力は244万トンにまで増加すると予測されているが,全プラスチックの市場規模に占めるバイオマスプラスチックのシェアは全体の1%にも満たない12)。
一方で,2015年にUNEPが生分解性プラスチックは海洋プラスチック汚染の唯一の解決策にはならないことを示している。その理由として,分解に資する微生物は海洋環境中では密度が低く,分解に時間がかかることを指摘している。土壌中には1g中に109個の微生物が存在すると言われているが,海洋の表層は水温10~25℃で微生物数が103~106 CFU/mlしかいない。さらに,深海(水深200m以上の海域)では水温が5℃以下,微生物数は101~102 CFU/mlにまで減少する。実際の海洋環境において微生物分解が起こることは最近の研究で確認されているが,分解には分解微生物の有無,種類,数,さらには水温や時期に大きく左右されることが指摘されている。つまり,現段階では生分解性プラスチックとはいえ,海域で短期間に分解するものではない。そのため,生分解するという利点ばかりが強調されれば,生分解性プラスチックは排出しても大丈夫だというモラルの低下を招くとともに,製造コスト低下のために大量生産・大量消費型にならざるを得なくなる。素材としての生分解性プラスチックのさらなる開発は重要であるが,発生抑制をいかに組み込むかが課題であろう。
プラスチックごみのリサイクル問題
海洋へのプラスチックごみ対策として発生抑制が最も重要であることは言うまでもないが,同時に廃プラスチックのリサイクル及び処理についても改めて検討しなければならない。特に,2017年に中国が廃棄物の輸入停止を実施したことにより,わが国は海外に輸出していた年間約150万トンのプラスチックくずの半分にあたる約75万トンが行き先を失う13)。また,中国や韓国,東南アジア諸国から流出したと考えられるプラスチックごみがわが国沿岸に漂着していることを踏まえれば,単に中国へ輸出していた廃プラスチックを他の東南アジア諸国へと輸出先を切り替えるだけでは,根本的な解決には至らない可能性が高い。そのためにも国内のプラスチックリサイクルのあり方について再考することが必要であろう。
海岸でのプラスチックごみの回収問題
プラスチックリサイクル自体が今後は技術的な困難性を伴うことに加えて,そもそもごみ処理の点からは,いくら優れた処理技術があってもプラスチックごみが海洋に排出されてしまえば,回収できないため,処理以上にいかに回収するかという点に課題がある。特に,プラスチックごみがマイクロプラスチック化してしまえば,回収は事実上不可能である。
海洋プラスチックごみへの対策は始まったばかりだが,山積する問題の性格を考えれば,根源的にはプラスチックの利用を全面的に廃止するしかない。しかし,プラスチックは従来の素材の多くを代替してきたことにより現代社会ではその軽さ,加工のし易さ,利便性,汎用性,コストといったあらゆる面で必要不可欠になっている。仮に,プラスチックが代替してきた多くの材料に回帰すると,製品のライフサイクルのあらゆる段階でエネルギーの消費量が増加することが指摘されている14)。そのため,発生抑制という点で一次マイクロプラスチックは今後規制強化される必要があり,漁網やロープなど海岸でよく見られる漁業関係のごみ排出抑制に向けた課金制度などが今後重要な政策課題となる。また,多くの海洋プラスチックごみは海岸で発生し,海ごみとなるわけではなく,私たちの生活圏から排出されたごみが河川を通じて,海に流れ込み,問題化している。この点から考えれば,漂流・漂着ごみとして海洋へ排出する水際でいかに止めるかということが重要であり,河川でいかにごみをトラップするか,河口での継続的な回収の実施,上流での清掃活動を並行して実施していく必要があるだろう。排出責任を問うことが難しい海ごみの回収対策としては,自治体による回収事業やボランティアなど人力による清掃活動である。海洋ごみは漂着と漂流を繰り返し,最終的には海底ごみあるいは海洋生態系へ取り込まれることになるため,定期的な海岸清掃が望ましいが,清掃対象となる海岸は広く分布している。その反面,大規模な清掃活動は限られており,多くは学校行事の一環や自治会など地域住民が主体となる小規模な清掃活動に過ぎない。特に人口が少ない地域では地理的要因から住民以外のボランティア参加者が集まりにくい状況にある。また,海岸地域の住民は直接の加害者でもあるが,ほとんどの漂着ごみは河川上流や他地域からのもたらされたものであり,概ね被害者であるため,地域住民が主体となるボランティア活動に依拠するのには限界がある。
さいごに
海洋プラスチックごみへの対策は始まったばかりだが,山積する問題の性格を考えれば,根源的にはプラスチックの利用を全面的に廃止するしかない。しかし,プラスチックは従来の素材の多くを代替してきたことにより現代社会ではその軽さ,加工のし易さ,利便性,汎用性,コストといったあらゆる面で必要不可欠になっている。仮に,プラスチックが代替してきた多くの材料に回帰すると,製品のライフサイクルのあらゆる段階でエネルギーの消費量が増加することが指摘されている14)。そのため,発生抑制という点で一次マイクロプラスチックは今後規制強化される必要があり,漁網やロープなど海岸でよく見られる漁業関係のごみ排出抑制に向けた課金制度などが今後重要な政策課題となる。また,多くの海洋プラスチックごみは海岸で発生し,海ごみとなるわけではなく,私たちの生活圏から排出されたごみが河川を通じて,海に流れ込み,問題化している。この点から考えれば,漂流・漂着ごみとして海洋へ排出する水際でいかに止めるかということが重要であり,河川でいかにごみをトラップするか,河口での継続的な回収の実施,上流での清掃活動を並行して実施していく必要があるだろう。
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