成長と大きさの限界について(荒田 鉄二:MailNews 2013年10月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2013年10月号に掲載したものです。

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労働生産性の限界

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図1:労働装備率と労働生産性

 

図1は1972年から2010年までの日本の労働装備率と労働生産性の関係を示したものです(2006年、2007年を除く)。労働装備率とは企業における従業員1人あたりの有形固定資産額で、勤労者1人がどれだけの金額の資本設備を使って生産活動を行っているかを示しています。労働生産性を表す数値としては「従業員1人当たり付加価値額」を用いています。この図は2011年12月号のニュースメールでも紹介したのですが、そこでの議論は「これまで従業員1人当たりの資本設備を増大させる産業の重装備化により労働生産性を向上させ、経済成長を実現させてきたが、労働装備率が900万円程度に達して以降は、労働装備率を増加させても従業員1人当たり付加価値額は700万円程度で頭打ちとなり、ほとんど増加していない。産業の重装備化による労働生産性の向上には収量逓減の法則が働いている」というものでした。

この図はまた、先進国で経済成長率(投資利益率)が低く、途上国で経済成長率(投資利益率)が高い理由も説明してくれるように思います。既に産業が重装備化してしまっていて労働装備率の高い日本のような国では、追加的な資本投資1単位によって得られる労働生産性の向上幅は小さなものとなります。これに対し、現状の労働装備率が低い途上国では、追加的な資本投資1単位によって得られる労働生産性の向上幅はより大きなものとなります。

先進国では、リーマンショックやギリシャ経済危機など、マネーゲームによるバブルとその崩壊による経済危機が問題となっていますが、その背景には、既に産業が重装備化している先進国では、短期的なバブルを引き起こす以外には自国内での経済成長(利益)は見込めないという状況があるのかもしれません。

 

資本設備の限界

ここまでの議論は経済成長の限界に関するものです。従業員1人当たり付加価値額が700万円程度で頭打ちとなっているなかで、生産年齢人口が減ることはあっても増加が見込めない状況では、今後の日本では経済成長は見込めないという、いってみればグラフの縦軸方向の限界に関するものです。これに対し、横軸方向の限界については、追加的な投資をしても生産性の向上が見込めないのだから、設備投資はしないだろうという程度で、明示的な限界は考えていませんでした。敢えて言えば、地球の大きさは決まっているので人工資本を無限に大きくすることは出来ないという、地球の大きさからくる限界を考えていたくらいでしょうか。しかし、近年、中央高速笹子トンネルの天井崩落事故に見られるように、全国で高度成長期に作られたインフラ設備の劣化が深刻化しており、その補修に膨大な労力と費用を要するという話をテレビで見て、資本設備一般にも大きさの限界があるのではないかと考えるようになりました。

 

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図2:資本設備量・産出量・資本減耗量の関係

 

図1の「労働装備率と労働生産性」の関係は、従業員1人当たりのものですが、この関係は社会全体にも当てはまるものと考えられます。資本設備の増大に対し、それがもたらす産出には収量逓減の法則が働き、図2の赤線に示すような曲線となるでしょう。これに対し、資本設備の減耗量は、資本設備の量に正比例して図2の斜めの直線のように増大するものと考えられます。そうすると、資本設備量がM点に達した時点では、資本設備が産み出す産出の全てを減耗した資本の補充にあてないと資本設備量を維持できないことになります。実際には消費財の生産も必要であり、産出の全てを資本財生産にまわすことは出来ないので、ある社会が維持することのできる資本設備量の上限はM点よりも左側となるでしょう。従って、ここまでの議論が妥当であるとすれば、地球の大きさの限界とは無関係に横軸方向の資本設備量にも限界があることになり、その結果として、資本設備が産み出す産出としてのGDPにも限界があることになります。

 

大きさの限界

上記のことは、自然物と人工物、生物と無生物を問わず、ものの大きさには限界があるということを示しているのだと思います。例えば、樹木もそれぞれの種類ごとにある一定の大きさ(高さ)になると、それ以上は成長しなくなります。これは光合成によって新たに樹木に付け加わるバイオマス量と、枝や葉が落ちることによって失われるバイオマス量が釣り合った結果です。種子から発芽して成長している段階では、新たに付け加わるバイオマス量の方が多いのですが、ここでも収量逓減の法則が働き、樹木の総バイオマス量の増加に対して光合成による産出量の増加は次第に頭打ちになっていきます。しかし、失われるバイオマス量の方は総バイオマス量の増加に比例して増加していきます。そうすると、いずれ光合成による産出の全てが落葉落枝等による損失を補填するために費やされてしまう時が来ます。これが樹木の大きさが限界に達した時点です。私たち人間の場合も、大人になれば成長しなくなります。これは食物を同化することにより新たに体に付け加わるバイオマス量と、新陳代謝により失われるバイオマス量が釣り合った結果でしょう(これが釣り合わないと、横方向に成長を続けることになるようですが…)。

現在はアベノミクスとかで更なる経済成長が模索されていますが、無限の経済成長が原理的に不可能であり、かつ日本が成長の限界に近づいている兆候があるのならば、成長による問題解決には早めに見切りをつけ、経済成長なしに成り立つ社会づくりを進めるのが得策といえるでしょう。

 

グローバリゼーション再考

ここまで書いて改めて気付いたのは、TPPを含め現在も進んでいるグローバリゼーションの本質は、商品貿易の自由化ではなく、外国投資の自由化にあるのではないかということです。既に労働装備率の高い先進国では、自国内の生産設備に投資しても高い利益率は期待できません。しかし、労働装備率がまだ低い水準にある途上国に投資すれば、高い利益率が期待できます。そうすると、先進国にとっては、モノを作って売るのではなく海外に投資する、言わば「お金を売る」ビジネスが魅力的となり、それが可能となるためには世界中で外国からの投資が自由化されなければなりません。

労働装備率の高い先進国が経済成長を続けるには、外国投資を自由化するグローバリゼーションを推し進め、途上国に投資して利益を吸い上げる以外に道はないのだと思います。その結果、先進国の経済は金融化していくことになるのでしょうが、それはマネーゲームを主な産業とするということであり、経済の不安定化は免れないでしょう。

 

縮小均衡は可能か?

無理矢理に成長を目指してマネーゲームに走れば経済の乱高下は免れず、ハイテク化による産業の重装備化の道を進めば、いずれ資本の減耗分を補い資本設備の総量を維持するだけのために全精力を傾けなければならなくなる時が来るとしたら、私たちに出口はあるのでしょうか。ひとつの可能性があるのは、中間技術あるいは適正技術というような技術を用いて生産活動を行うレベルまで労働装備率を低下させ、縮小均衡を図ることでしょう。

 

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図3:樹木を構成する3要素

 

再び樹木を例にとって縮小均衡を考えてみたいと思います。樹木は、葉を広げて光合成による生産活動を行う「樹冠部」、太陽光を得るために周りの樹木に対抗して樹冠部を高く持ち上げるための「幹部」、地中から養分と水を吸い上げるための「根系部」の3つの要素に大きく分けて捉えることができます(図3参照)。台風などの風によって大きな枝が折れ、「樹冠部」の一部が失われると、3つの要素間のバランスを取り戻すために樹木は「根系部」の一部を放棄して縮小均衡を図ります。樹木が成長途上にある場合はこれで特に問題はないのですが、問題が起こるのは樹木が既に最大樹高に達してからしばらく経つ老木の場合です。隣に成長途上の若い木があると、老木が枝を失ったことによって生まれた空間は、隣の若木が枝を伸ばすことによってすぐに占有されてしまいます。そうすると、老木の残された枝葉への日当たりも悪くなり、老木は更なる縮小均衡を迫られます。しかし、一度大きくなってしまった「幹部」を切り詰めて小さくすることは出来ません。3要素間のバランスを回復できなくなった老木は衰弱していずれ枯死し、森から駆逐されていきます。

ここで老木が枯死した原因の一つは、隣接する樹木との光獲得競争にさらされているということでした。産業の重装備化が進み、労働装備率の増大による労働生産性の向上が既に頭打ちとなっている日本経済が最大樹高に達してしばらく経つ老木のような存在だとすると、それが縮小均衡で生き延びるための条件は、グローバル競争と縁を切るということになると思います。

グローバル競争と縁を切るといっても、必ずしも直ちに縁を切る必要はありません。バイオリージョナリズムあるいは近頃流行の言葉でいえば「里山資本主義」と呼ばれるような、食糧やエネルギーなどの基本的なニーズを極力地域内で満たす取り組みを進め、徐々にグローバル経済から離脱していけばよいのです。この離脱は、日本全体としては難しいとしても、人口に比べ自然資源の豊富な中山間地域では十分に可能性があると思います。逆に言えば、外部資源に大幅に依存した東京などの大都市は、生き延びるためにはマネーゲームを続けるしかないのかもしれません。たとえそれが短期しか続けられないとしても。

 

(あらた てつじ:KIESS事務局長・鳥取環境大学准教授)

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