持続可能社会の近況(内藤 正明:MailNews 2014年10月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2014年10月号に掲載したものです。

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これまで持続可能社会では、それに向けて変わっていくことが大事だと言い続けてきましたが、このところもう一旦それは諦めた方がいいのではないかという心境です。そんなことより経済の発展が大事だと思う人の方が圧倒的に多数であり、その人達はまだいくらでも経済成長を頑張れば、大丈夫だと思っているのでしょう。その人たちが動くのは、本当に危機的な事態が身近に迫ったときで、それまでは放置しておくしかないでしょう。一方で、心配な人は、タイタニックはもうすぐ氷山に衝突するかもしれないと、自分で生き残る道を探して自分たちの「救命ボート」を作り始めています。

今年のE-TECとKIESS のジョイントセミナーは、10月25日に仙台で開かれましたが、今回の演題はまさにそのような救命ボート作りの試みが紹介された会だったように思います。①夫婦二人で衣食住をできるだけ自給的に賄って、(資源・エネルギーと環境の)危機が到来しても何とかサバイバルしていけるような暮らしを作り上げている佐藤さん家の「里野山家」暮らしのプロジェクト、②地域で村興しを目指して、自立的な仕組みを行政も共に創ろうとしている岩手県一関市のプロジェクトが代表例でした。

世間でも、各地で地域再生を目指して多くの活動が始まっていますが、それらは当初の工場誘致など外部からの力を導入して金儲けをというパターンから、次第に地元の資源と力で自律的に立ち上がるしか道はないと気付いて、自前で頑張ろうとする行動が多くなってきました。「FEC(Food-Energy-Care)自給圏」という内橋克人さんの提唱された考えに沿った地域づくりが各地で見られ始めたのも、その動きの一つでしょう。これらは、もう国主導での政策には頼らずに、自らの知恵と努力で自分たちの生き残り(安全、安心)の途を確保しようとするものと見えます。

政府も「地方創生」を掛け声に、可成りの予算を付けようとしていますので、各地方で当然期待が高まっているでしょう。しかし、これまでの地方へ金を投入する場合は、中央で方針を決めて、その方針を体して中央から産業界やコンサルが艦隊を組んで乗り込んできて、その大半の仕事を持っていくパターンでした。そして、地方にはコンクリートと鉄の塊が残されて、それが一層地方の衰退を加速しました。それはこの国の基本方針が産業国家を目指すものである、したがって大きな産業が成長すれば国は(GDPが増大して)豊かになり、地方や庶民はそこからのTrickle-downを受けて(日本語では「おこぼれに与かって」)生きていけということでした。新自由主義者に依るアベノミクス政策はそういうことですので、今回の地方創生も同じようなことになるのではいかと危惧されます。だから地方は慎重に見定めてから喰い付いてもらった方がいいと思います。地方の側にも問題があって、国の補助金が降りてきても、「どうしたらいいでしょう」と一から十まで国に意見を尋ねてくるので、それなら最初からノウハウと仕事の部隊をセットで送り込む方が、双方にとって幸せだろうと官僚が考えても仕方ない面があったようです。今回はそのようなことがないように願いたいものです。

人類持続が危惧される状況ということで、これまでは「地球環境、資源、生態系」といった自然の状況の危機状態を訴えてきました。しかし、最後にここでは、そのことを一歩だけ進めてみると、結局は競争社会における「弱肉強食」の構造に行き着くということを改めて指摘したいと思います。それは社会の格差構造を巨大化し、アフリカやアラブ、中国などでも社会の不安定化をもたらしていて、さらに豊かであるはずのアメリカやヨーロッパ、日本でも格差は拡大し、その結果が「イスラム国」という姿でついに世界の深刻な脅威になってきました。このような世界は、アメリカ流の「自己実現」または「機会の平等」倫理の下に作られてきたことは間違いないことでしょう。それが、近年の新自由主義の理論で補強され、わが国もそれに席巻されていますが、その結果は「強者の独占」に至る道です注)。しかし、それは弱者尊重という倫理と対極にあっても、社会的にどちらが正義とは言えないでしょう。しかし図1のように、社会的な格差を是とすれば、それは地球的格差を是とする倫理に直結します。そうなった結果、地球規模での破綻を招きつつあることは、今日の地球の状況を示す各種の指標を見れば明らかです。

 

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図1:地域から地球まで同じ格差構造
— もの言えぬ弱者に、強者のツケを回す —

 

地球環境問題は3つのツケ回しによると、私はかねてより言ってきました。つまり物言えぬ3つの弱者(途上国、他生物、将来世代)に、強者が自分たちの豊かさ追求のツケを回したことと解釈するべきだということです(図2)。いくら優れた技術を開発してもそれは格差の解決に使われるよりも、むしろ拡大に使われる方が大きいので、もはや技術的な対策は有効で問題解決は望めないということです。

 

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(クリストファー・ロイド「137億年の物語」1)に著者加筆)

図2:生物多様性の崩壊の原因は…

 

いまこそ、「奪い合えば足りないが、分かち合えば足りる」を本気で信じて行動するか、それでもやはり自分だけ…と奪い合うかです。奪い合うことで、結局は自分たちの共通の生存基盤を破壊し合って崩壊したこれまでの歴史を、地球規模で最後に惹き起こすことになるでしょう。「地球環境問題」の本質とはまさにこのことだと思います。

強者の論理か、弱者の論理か? 社会的な正義がどちらにあるかを決める絶対的な根拠はないでしょう。しかし、“強者の倫理”は最終的に地球を滅ぼす結果に繋がるしかないとしたら、それは「科学的真」の立場で否定されるべきでしょう。なぜなら、“いのちの持続”こそこの世を創った神の意志としての絶対的「真」であるからです。

 

【注記】
世界を見回したとき、生活の質や教育、経済の向上は停滞し、自然災害や、何百万人もの人々を飢えさせている紛争など、理由は様々である。しかし、この破滅的な状況を説明するのに、あるひとつの要素を見るだけで十分かもしれない。それは、世界で最も裕福な85人が、世界の半分にあたる35億人の貧しい人々と同じだけの財産を所有しているという事実だ。いま世界では、22億人以上の人々が、国際連合開発計画(UNDP)が「多次元貧困」(multidimensional poverty)と定義する貧困のなかで暮らしている。

 

参考文献
  1. クリストファー・ロイド(著) 野中香方子(翻訳),137億年の物語 — 宇宙が始まってから今日までの全歴史,文藝春秋,2012.

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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