社会を「システム」としてとらえる,ということ(岩川 貴志:MailNews 2012年8月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2012年8月号に掲載したものです。

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いまさらですが,KIESSの正式名称は「循環共生社会システム研究所」といいます。若干長くて堅苦しい名前なので,日ごろからKIESSという呼び名に慣れきってしまい,つい自己紹介のときに正式名称が上手く言えずに口ごもってしまう,ということも少なくありません。

それはさておき,名前のとおりKIESSの特徴のひとつは,我々が生きている世の中を「社会システム」としてとらえて,そのあり方を考えなおすことも含めて循環共生社会の実現をめざすこと,そのための研究や実践をもとに広く情報発信をおこなうことにあります。

とはいえ,社会をシステムとしてとらえるというのはかなり漠然とした表現で,その人の専門分野や思い描く社会のスケール(地域レベルから国際レベルまで)によって,アプローチの仕方はさまざまです。筆者の場合ですと,市町村やその一部ぐらいの比較的狭い地域を対象として,その地域の活性化やコミュニティの再形成をはかりながら化石資源の消費も抑えることができないか,それを検証するために,地域社会をひとつのシステムとしてとらえ,人々の暮らしに関するデータなどを集めながら定量的な分析をおこなっています。

地域社会のすがたを定量的にとらえるとはどういうことでしょう。極めて大ざっぱにいえば,我々の日常生活は家庭で寝食したり遊びに出かけたりして「暮らす」ことと,日々の生活の糧を得るために「働く」こと,という二つのシーンに分けることができます。そして,これも極めて大ざっぱな考え方ですが,我々の日常生活は食料や水,あるいは生活用品,あるいは娯楽や教養といったサービスを働くことによって「生産」し,それを「消費」することによって支えられている,と考えることができます。

もちろん我々は,自分の生活で消費するものだけを生産しているわけではなく,逆に消費するものすべてを自力で生産できるわけでもありません。さまざまな働き方をしている人々が,他の誰かにとって必要なものを作りだし,それを互いに提供しあって生きていくことで社会が成り立っています。また「働く=生産」,「暮らす=消費」,と考えてしまいがちですが,実際には家具をつくるために木材を購入したり,野菜をつくるために農機を購入したり,あるいは会社を営むためにオフィスを借りたり電気やガスを使ったりしています。すなわち,働くためにも消費が不可欠であり,純粋に生産だけをおこなっているわけではありません。

そして我々は,自宅から職場まで通勤したり,店に買い物に出かけたり,商品を取引先に届けたり,すなわち人やモノを「移動」させることでこれらの活動を成り立たせています。

以上の流れを模式図にすると,図1のようになります。どれだけの人が暮らしていて,どのようなものをどれだけ消費しているか,そしてどれだけの人がどのような仕事をしていて,どのような製品やサービスが生産・消費されているのか,それにあわせてどれだけの人やモノが動いているのか,そしてそれら一連の過程でどれだけのエネルギーが消費されているのか,などを調べることができれば,基本的な社会の構造を定量的なデータによって把握できたことになります。

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図1 社会システムの基本概念

これが社会構造をシステムとして定量的にとらえる際の基本的な部分ですが,“地域”社会を考える場合には,さらに内部と外部のやりとりを考慮する必要があります。上述のような活動は,ほとんどの場合は地域内で完結するものではなく,実際には遠方へ通勤している人がいたり,逆に通勤してくる人がいたり,地域の外から,時として海外から商品を買っていたり,逆に売っていたりします。したがって先ほどの図でいう「暮らす」「働く」「生産」「消費」は,それぞれ地域内でのやりとりと地域外のやりとりにわけて考えることが必要になります。当然地域外との人やモノの流れの中でも「移動」を伴うことになり,同時にエネルギーを消費することになります。

外とのやりとりを含めた,地域社会をシステムとしてとらえるための基本的構造を図化したものが図2です。地域社会は基本的に,この内外を含めた人やモノ・サービスの流れが一定の収支を保って成り立っている,と考えることができます。地域社会をシステムとして考えるための基本的な構造を簡単に示すと以上の通りです。

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図2 地域社会システムの基本概念

とはいえ実際にデータを収集し,地域のすがたに当てはめていくのはそれなりに複雑な作業です。たとえば働くことに関していえば,職種によって生産・消費の構造は大きく異なるため,大きく区切れば第1次産業~第3次産業といった三つ程度の区分から,場合によっては数十種類にまで細分化して考えることが必要になってくるでしょう。移動に関していえば,エネルギー消費と結びつけて考えるにはその手段 (徒歩・自転車・乗用車・トラック・鉄道など) を把握することが必要になりますし,そもそも現在暮らしている人がどのような用事で,どれだけの距離を移動しているのか,といった検証も求められます。かなり地道で肩が凝る作業ですが,いちどその地域の構造を把握することができると,それをもとにして地域社会をこの先どのように変えていけばよいのか,といった議論を定量的な感覚をもって進めることが可能になります。

たとえばある地域で,農産物の地産地消の輪を広げようという動きがあったとします。このとき,図2の地域内での農作物の「消費」は,「地域外での生産」によるものが減少し,その分地域内での「生産」でまかなう分が増加することになります。そして仮に,「地域外での消費」のための生産 (外に売るための生産) は減らさないとしたら,いままで地域外に頼っていた分の生産を地域内で増やさなければならないことになります。そのためには,地域内で農作業をして「働く」人を増やさなければならないため,地域内で「暮らす」人の一部があたらしく農業を始めるようにするか,あるいは「地域外で暮らす」人を農業の担い手として呼んでこなければなりません。このように,一つの変化が他におよぼす影響点を次々に考慮していくと,結果的に地産地消をとりいれた新たな地域のバランスが形成されることになり,それに応じて人やモノの移動量,あるいはエネルギーの消費量が変化することになります。さらに中長期的な将来を考えるのであれば,農作業の時間に対する作物の生産効率が上がっていたり,作物を輸送するためのトラックの燃費が改善していたりすることも考えられるので,これらも考慮することになります。

都市農村を問わず,これまで日本各地において地域社会の自立性の喪失が懸念され続けてきました。これは「暮らす」「働く」「生産」「消費」それぞれの地域内でのつながりが薄れ,必要以上に地域外とのやりとりに依存するようになってしまっている状態,ともいえるでしょう。地域社会の自立性を取り戻すためには,日々の暮らしを支えている社会の機能を,再びバランスがとれた形で内部化することが必要であると考えられます。環境の側面からみても,日常生活に必要なものを可能な限り内部で完結させようとすることは,地域内にコンパクトな生活圏が形成されることで人や物資の移動距離が減少し,さらにコミュニティのつながりが強まれば,日常的な交流の場を共有することで,結果としてエネルギー消費の大幅減につながること期待できます。

環境問題の解決には社会そのもののあり方を見直さなければならない,と言われ続けていますが,このような社会システムという視点からの分析を深めていけば,この具体策を示すことが難しい課題に対しても,新たな提案をもたらすことができるのではないか,と考えています。

(いわかわ たかし:KIESS研究員)

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