人類持続社会は誰もが役割を持つ社会(4)(内藤 正明:MailNews 2012年4月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2012年4月号の記事に、一部加筆修正を加えたものです。

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誰もが役割のある社会

「ポスト・コーポレイト(脱企業)社会」という言葉が以前から英語圏では使われてきましたが,日本では,企業を発展させないで誰が財やサービスを生産し,雇用を作り出すのかという指摘が必ず出ました。これに対する回答の一つは,「市民自らが力を合わせて起業し,生産者であり消費者(いわゆる“プロシュウマー”)となる」ということでしょう。ただし,大企業がこれまで大きな資本で効率的に作り出してきた商品と,対抗することは容易ではありません。そこで,「資本主義」から「健全な市場」社会への転換が必要になります。先ず,資金については,“市民バンク”,“市民出資企業”などのファンドや,“地域通貨”,“エコポイント”のような多様な通貨の試みも必要でしょう。また,生活と生産も,市場での金儲けを第一目的にするのではなく,地域と協働する中で生業を持ち安心して暮らすという,人の生存の原点を重視しようということです。たとえば,「ソーシャルファーム」といった事業がそれを具現化した一つの姿でしょう。そのような仕事づくりによって初めて,様々な人が役割を生き生きと担う社会が実現するでしょう(表1)。

 

表1:資本主義 対 市場経済

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なお,雇用の減退,地方経済の崩壊,福祉・教育などの制度疲労といった,様々な社会の行き詰まりが一気に噴出したことも原因になって,このような「脱企業社会」の必要性がようやく認められつつあります。その理念に立った新たなもう一つの仕事作りには,「新しい公共」という言葉で言われるような,公(役所)でも私(企業)でもない,市民の自発的な活動こそがこれからは大きな役割を担う時代であることを示唆しています。その仕事の特徴は,地域の自然や歴史・伝統の知恵を生かしながら,自分達の力で立ち上げ,運営していくということになるでしょう。これまでは,地域活性化といえば巨大産業資本を導入して,その力に頼って実現しようとしてきましたが,それらは利益の大半が地域外に吸い取られ,地域には傷跡だけが残るということが多々ありました。

 

市民による市民のための技術と事業

企業利益を目指してきたこれまでの技術と事業が,大量生産と過度な高付加価値化で,環境と資源の危機の主因として,最近になって,「社会技術」という言葉が使われるようになってきました。これは,これまでの株主(stockholder)ではなく,社会全体(stakeholder)の利益のための技術とそれを使った事業ということです。その特性を上げてみると表2のようになるでしょう。

 

表2:技術の3種

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このように,市民が力を合わせ,誰もが役割を持ちつつ,つくり上げる事業は,自然のリズムに合わせてその恵みと脅威を実感し, おのずから“人と人との協働”,“人と自然の共生”の意識も培われるはずです。これこそまさに,誰もが共に生きる社会にふさわしいといえるでしょう。

 

新たな豊かさを求める社会へ

戦後の日本は衣食住を充足することが最大の課題でしたが,その後は経済成長に伴ってモノが豊富になりました。国民の意識調査では,1980年ごろに“こころの豊かさ”を望む人が,“モノの豊かさ”のそれを上回り,その後は差が急速に開いています。では,こころの豊かさとはどんなものでしょうか。歴史の中で,モノが乏しくても心豊かに生きた例としては,江戸時代が一つの典型だと言われます。そこでは,多彩な文化が花開き,いまでも日本の代表的な文化の時代として世界的にも知られています。つまり,モノを消費しないで豊かな時間を持つために,様々な工夫でこころの充実した社会を目指したのでしょう。

いま金儲けのために資源を大量に消費しながらも,自殺者が年間3万人を越える社会に比べると,圧倒的にエコでしかもそれなりに豊かであったことは,改めて様々なデータが伝えています。勿論,プラスの裏には必ずマイナスがあり,その社会が楽園であったはずはありません。だからこそ人はその先を求めて生きられるので,満点の楽園ではもはや努力の意味がなく,したがって生きている甲斐もないはずです。

 

人類持続に日本人が果たす役割

「懐かしき未来社会」を一言で表現すれば,『脱石油』という制約条件の下に,『誰もが幸せに暮らせること』を最終の目標することです。そのためには,『人と人,人と自然が共に生きる』社会の構築です。それは,20世紀に目指してきた産業社会とは根底から違っているので,現在の生活から技術,社会基盤,法・経済制度,そして価値観・倫理観まで一貫して,変えねばならないでしょう。これは現在の社会を作り上げ,その果実を享受している人にとっては大変迷惑なことなので,強く抵抗します。しかし,いまや人類の持続が危惧される状況では,利害の対立を続けていては,イースター島を始めとする数多くの文明崩壊と同じく,結局は強者も弱者も共に地球規模で滅びるという事態を,この世代が作り出すことになるでしょう。

昨年3月11日の東日本の大震災は,これからの社会のあり方に根本的な問いかけをしました。ハーバードの公開講義で知られるサンデル教授は,「この度の巨大な災害に対する日本人の行動と,それを見た世界中の人たちの反応は,人が他者にどれほどのシンパシー(共感,同情の心)を持てるかを試した大きな実験であり,もしかしたら,これが人類にとっての新たな倫理観の形成に繋がるかもしれない」という言葉でした。『自らを抑制して他者を思い遣る』という行動原理こそ,地球危機を克服する人類持続のための唯一の可能性であるというのが筆者の結論ですから,日本人が培ってきた倫理観が,人類持続の最後の切り札として役立つなら,日本人は「軍事力」でもなく「経済力」でもなく,「倫理の力」で世界から尊敬をかちえるという,人類史上で最大の名誉を担うことになるのではないでしょうか。

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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