アニマルウェルフェアを経て菜食主義へ(内藤 正明:MailNews 2018年12月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2018年12月号に掲載したものです 。

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アニマルウェルフェアとは

アニマルウェルフェア(AW)なる言葉が、次第に広まりつつある。しかし、人の福祉さえまだ不十分なのに、動物の福祉まで気にする余地があるのか。どうせ最後には殺して食べるのに、その途中に多少気を配ってみてもどれほどのものか。日本人は食べるときに、「いただきます」と手を合わせる。それでいいではないか、といった程度の感覚であった。AWを今頃やかましくいうのは、イルカ漁の妨害にくる連中の仲間が、また日本に文句を付けにきたのかぐらいに思ってもいた。しかし、現実に家畜が扱われている状況を、改めて批判的に枝廣さんの著書1)で詳しく紹介されると、やはりウェルフェアを無視している現状を受け入れるわけにはいかないこという気がしてきた。

自分でも畜産現場を多少は見た経験から、実態は枝廣さんが書かれている通りであると分かる。しかし、鶏舎、豚舎、牛舎で餌やり体験をして、餌を食べる姿に、「可愛いな~」などと気楽に言っていたら、「家畜はペットではないのだから…」と叱られた。あの時点では、「そうか家畜だから昔からこんな風な飼われ方をしてきて、最後は人間に食べられてきたのか」ということで納得したものである。

しかし、改めてそれを“一つの命ある存在”として見直したとき、その“いのち”がこんな風に、物のように扱われていていいのかと突き付けられると、それは決して許されることではないと実感する。同じものを見ても、その対象をどう認識するかで見え方がこれほど変わるものかということに、自ら驚いている。

改めて家畜の扱いを考える

いまの家畜の「飼育、運搬、屠殺」のあらゆる場面で、その実態は、少なくとも命ある存在として扱われていないという、AWの主張に同感した上で、我が国がこの面での認識が大変遅れているというデータを知って、何とか早急に先進国のレベルに近づかねばならないと思うに至った。その理由は、「AW認証」がその内に広がって制度化され、それが畜産品の取引にも反映されていくと、我が国の畜産業はこのままでは大変困ることになるだろうという、実利面も気になる。しかし本当は、そのような実利面を越えて、“いのち”の扱いがこれでいいのかという生命倫理からの議論がどうしても必要であるという認識からである。

苦痛を与えてはいけないなら、最初から「大脳皮質」を除去して苦痛を感じないようにして育てるのはどうかという「脳なしチキンプロジェクト」が英国で、若い学生によって提起されたそうである。つまり、究極の肉生産機械に変えるということでの、AW配慮と対極の考えで、あくまで思考実験としての提案であろうが、すでに今の食用鶏は品種改良を重ねられて、元の鶏とは似つかない姿になっているのだから、もう一段階進めてもいいのではないかという解釈はありうる。

このようにAWを切っ掛けに、生命倫理にまで関わる様々な面の思考が進むとことは大事なことだと思う。そして、どんな育てかたをしても最後には殺して食べる、という事実に対しての宗教・哲学的な課題に向き合うことになるだろう。

菜食が本質的な解決か?

ヴィーガン(完全菜食主義者)またはヴェジタリアン(菜食主義者)はそれと同じ考えに至ったのだろう。彼らは動物性のものは口にしてはいけないと主張し、肉屋の打ち壊しまで始めているそうである。

そもそも肉食はしないというのは日本の伝統文化であったが、明治の文明開化で西洋の影響を受けてから肉食をするようになった。それまでは少しの裏道はあっても、原則肉食を禁じて長年暮らしてきた、と安易に思ってきたが、中澤克昭氏の近著「肉食の社会史2)」には、日本の肉食の禁忌は時代ごとにもその内容が異なり、また地域によっても、社会階層によっても、獣肉の種類、頻度など様々に異なっていたようである。

精進料理もヴィーガン料理も美味しくて栄養的にも優れているので、人間の食事に動物性タンパク質が不可欠というわけではなさそうである。長生きの秘訣はと聞かれて「肉をたくさん食べること」と答える高齢者も、瀬戸内寂聴さんを始めとして数多い。結局は、人は何を食べて生きるのか。動物は止めたとして、魚はどうか、虫は、プランクトンは、というような議論になると、生命系倫理にまで話は広がってくる。

さらには、我々の研究テーマである地球環境容量からみた場合、とても牛肉は奨励できる食料ではない。たとえば、「エコリュックサック」指標でみると、牛肉の単位カロリーの生産に必要な総エネルギーは他の肉類に比べても最悪である。また、「エコロジカルフットプリント」でみると、地球上でこのまま食肉が拡大することがとても許される状況にない。そういう意味でも、AWへの配慮を越えて、いよいよ真の菜食主義に近づいていく時代がきたといえよう。このような究極の議論に至る一過程として、いま進んでいる世界のAWの動きに、我が国がどう取り組むかは緊急の課題であり、早速に真剣な検討が必要だろう。

  1. 枝廣 淳子:アニマルウェルフェアとは何か—倫理的消費と食の安全(岩波ブックレット No.985) , 岩波書店, 2018.
  2. 中澤 克昭:肉食の社会史 , 山川出版社, 2018.

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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