ボードゲームで環境問題(岩川 貴志:MailNews 2018年12月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2018年12月号に掲載したものです。

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先日、某フリマサイトにて“Keep Cool”というボードゲームを入手しました。

Keep Coolは、ドイツのポツダム気候影響研究所(Potsdam-Institut für Klimafolgenforschung)が開発した、気候変動をテーマにしたゲームで、環境教育の教材として採用された実績があるそうです。2004年発売ということで、少々古いゲームになってしまいますが、これまでに何度かバージョンアップを繰り返しており、公式サイト1)ではスマートフォンで遊べるオンライン版も公開されています。とはいえ、私はドイツ語が全然わからないので、今回は日本語の解説書とカードが付属した輸入版を中古で購入してみました(中古といっても、恐らく5~6年前に発売された最新バージョンかと思います)。

プレイヤーはそれぞれ「アメリカと友好国(USA & Partners)」「ヨーロッパ(Europe)」「中進国(Tiger Countries)」「開発途上国(Developing Countries)」「旧ソ連(Former Soviet Union)」「OPEC」といった地域の代表となって、自国の経済発展や政治的な目標のために工場を建設しなければなりません。決められた数の工場を建てればゲームの勝者となるのですが、そこには様々なハードルが待ち構えています。

その一つが、盤上を行き交う「炭素チップ」の存在です。Keep Coolの世界では、この黒いチップはお金の代わりに使われます。プレイヤーが建てあうことになる工場には「黒い工場」と「緑の工場」の二種類がありますが、どちらを建てる時も自分の炭素チップを支払うことになります。

そして炭素チップには、お金と同時に、温室効果ガスや化石資源の意味も込められています。ゲーム開始時、プレイヤーは所持金として数枚の炭素チップを渡されますが、盤上にはこの炭素チップがたくさん積まれた「炭素メーター」が置かれています。プレイヤーは自分の番になると、所持している工場の数に応じて、新たな炭素チップを収入として受け取ることができます。なかでも「黒い工場」による収入は、炭素メーターに積まれたチップから受け取るようになっています。一方で「緑の工場」による収入は、別にストックしておいたチップから受け取ります。

つまり、盤上の黒い工場の数に応じて、炭素メーターのチップは少しずつ減っていくのですが、これが底をついてしまうと全員がゲームオーバー。いわば、地球上の化石資源を全て使い尽くしてしまったことを意味します。なのでプレイヤーは、炭素メーターの状態をうかがいつつ、決められた数の工場を建てなければなりません。

もう一つ、気をつけないといけないのが「気候変動」です。Keep Coolの世界では、定期的に「フロリダにハリケーン」「中央アフリカでデング熱」「アマゾンで森林減少」など、現実世界でも起きている様々な自然災害が発生します。災害が発生する確率や被害の大きさは、先述の炭素メーターの状態と関係しているのですが、災害が起きると被害地域は経済損失、つまり手持ちの炭素チップを失うことになります。もしチップが足りなければ、せっかく建てた工場を処分しなければなりません。この被害を少しでも減らしたければ、プレイヤーは事前に「対策」をとっておけばよいのですが、これにもやはり炭素チップ(お金)が必要になります。

他にも細かいルールは色々とありますが、基本的に各プレイヤーは、炭素メーターの状態に気を配りつつ(地球環境に配慮しつつ、と言い換えてもいいでしょう)、炭素チップを集めて工場を建てることで、目標達成を競い合います。

さらに、プレイヤーたちは互いに、自由に「交渉」することが許されています。貧しい地域が裕福な地域から融資を受ける、工場の建設費を負担してもらう代わり収入の一部を渡す、などの取り引きも、ルールの範囲内であれば自由です。

11月のある日。これまで何度か開催した「つながる縁会」で親しくなった仲間や、そこからさらに知り合った人たちと一緒に、このKeep Coolをプレイしてみました。プレイヤーは全部で6人。私自身も含めて、初めてプレイする人ばかりだったので、ルールを逐一確認しながら何度か遊んでみたのですが、なかなか“シビア”なゲームだな、という印象でした。例えば…

プレイヤー間の格差がシビア

Keep Coolでは、ゲーム開始時のプレイヤーの条件が平等ではありません。

例えばアメリカとその友好国は、最初から6つの工場を持っています。それに対してヨーロッパは4つ、中進国と旧ソ連は2つ。OPECと開発途上国に至っては、1つしか工場を持っていません。そして、新たに工場を建てるには炭素チップ(お金)が必要ですが、各自の収入は(現在持っている工場の数×2)枚と決まっています。それに対して、工場を1つ建てるには4~10枚の炭素チップが必要です。ゲームの序盤は、アメリカとその友好国は多額の収入を元手にして、自分の番がくる度に新しい工場を建てることができますが、開発途上国のは数ターンかけてコツコツお金を貯めて、ようやく工場を一つ建てられる、といった具合です。

気候変動の影響がシビア

よって、序盤は先進国が圧倒的に有利なのですが、簡単には勝たせてもらえません。

先述のとおり、プレイヤーが黒い工場からの収入を得ると、炭素メーターに積まれたチップが減っていくのですが、その残量が少なくなるほど、気候変動の発生確率や被害の大きさは急増していきます。アメリカとその友好国の場合、最初から持っている6つの工場のうち5つが黒い工場なので、いきなり10枚ずつの炭素チップがメーターから減っていくことになります。

ゲーム中で気候変動が起こると、プレイヤーの誰かが炭素チップを没収されて(つまり経済的に損失をうけて)しまいます。序盤であれば、災害が起きる確率は50%程度、そして損失もチップ1~2枚程度で済むのですが、炭素メーターが減り続けると、最終的には100%の確率で災害が起き、しかも一度に10枚以上の炭素チップを失うことになります。

黒い工場ばかりを立て続けると、気候変動は一気に深刻化し、やがて自国に莫大な経済損失をもたらし、そして先進国といえども資金が底をついて、せっかく建てた工場を処分しなければならない、ということにもなりかねません。

炭素メーターがシビア

そうして減ってしまった炭素メーターを戻すのは、容易なことではありません。

炭素メーターは定期的に自然回復するようになっていて、時には大きく回復するようなイベントも発生します。しかし、盤上の流れとして、工場を増やして目標を達成しようとするほど、炭素メーターに積まれたチップは着実に減っていきます。これを防ぐために有効なのは、炭素メーターのチップを減らさずに(つまり環境に負荷を与えず)収入が得られる「緑の工場」を建てることですが、黒の工場と比べて建設費が高いので、目標の達成が遠のいてしまいます。

…といった具合です。

実際にプレイしてみると、ゲームの流れは先進国、特にアメリカとその友好国の動向に大きく左右されます。これらの地域は、最初から多くの工場を持っていますが、目標達成にはさらに多くの工場が必要です(開発途上国が開始時1→目標3なのに対し、アメリカとその友好国は開始時6→目標12)。なので、新しく建てる工場の数も、必然的に先進国の方が多くなり、その結果、炭素メーターを大きく減らすことになりかねません。それを防ぐには、これら先進国が率先してグリーン経済に移行して、黒の工場を減らしつつ緑の工場を建てるのが有効ですが、それにはより多額の資金が必要です。また、プレイヤーの一人であるOPECは、開始時には開発途上国と同じく1つしか工場を持っていないのですが、自国だけではなく、世界中の黒の工場の数に応じて追加で炭素チップがもらえるという特権を持っています(オイルマネーの恩恵という意味でしょう)。従って、経済的には比較的恵まれているのですが、もし先進国がグリーン経済に移行すれば、大きな痛手を被ることになります。

一方、気候変動によって、どこにどのような影響が起こるかは、毎回プレイヤーが引く「気候変動カード」でランダムに決められます。炭素メーターの動向は、先進国の動向に大きく左右されますが、それに伴う気候変動の影響は、世界中どの地域にも等しく訪れます。もともと工場が少なく、初期はなかなか収入が増やせない中進国や開発途上国といった地域では、開始直後の比較的小さな被害でも、かなり痛い損失です。事前に気候変動に備えて「対策」を導入しておけば(つまり「適応策」と言えるでしょう)損失を軽減することができるのですが、これも炭素チップを払わねばならず、これらの地域にとっては大きな出費です。

何度かプレイしてみて感じたのですが、ある程度時間が経つと、気候変動が深刻化し、全員が満遍なく影響を受けて、手持ちの炭素チップがなくなってしまい、なかなか次の一手を打つことができない、そのような停滞期間が発生しがちです。プレイヤー自身が慣れてくれば、もっと上手く立ち回れるのかもしれませんが、ゲームとしては退屈な展開になってしまいがちなのが気になりますが、もともと教育色の強いゲームなので、娯楽としてのゲームバランスよりもリアリティを追求した結果なのかもしれません。また、プレイヤーの間で自由に交渉ができるというのがこのゲームの醍醐味のようですが、ルールが複雑なこともあり、慣れないうちはゲームの流れをつかむので精一杯になってしまうため、何回かやり込まなければ、その醍醐味を味わう所まで行けなさそうです。そういったことを踏まえると、Keep Coolは人を選ぶゲームかもしれません。しかし、複雑なルールに込められた意味をひとつひとつ考えてみると、環境問題に対する様々な気づきを与えてくれる要素もたくさん込められているゲームだと思います。

Keep Coolの解説書を見ると、対象年齢は12歳以上で、先述の通りドイツでは環境教育の教材としても用いられているようです。実際にプレイしてみると、対象年齢「12歳以上」というのはホンマかいな? と言いたい気もするのですが、裏を返せば大人でもじっくりと考えながらプレイすることが求められるゲームです。もし読者の皆さまで関心を持たれた方がいらしたら、レクチャー込みでプレイの場を設けさせていただきますので、お気軽にお声がけください。

  1. Keep Cool, http://spiel-keep-cool.de/

(いわかわ たかし:KIESS事務局長)

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