滋賀県の水源林を事例とした森林生態系サービスの経済評価と空間的評価(岩田 健吾:MailNews 2017年4月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2017年4月号に掲載したものです。

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森林がもたらす生態系サービスの恩恵を私たちは毎日享受しています。しかし、その恩恵について、どれだけの人々が意識しているでしょうか? 森林や里山から物理的にも心理的にも遠くに位置する都市においては、森林は周縁的なアメニティとして位置づけされ、そこではもはや森林の生態系が生みだす様々な恵みについて思い巡らせる人は少なく、当たり前のものとして無意識に享受している人が多いのではないでしょうか。

しかし、人工林率が高い日本の森林では、人工林は定期的な間伐等の人的介入による保全や管理なくしては維持できません。森野(2014)1)も述べているように、森林をコモンズとして捉えると、適切な管理のない放置された森林は荒廃が進み、そのような不健全な森林のもとでは、その生態系サービスが十分に発揮できないという「コモンズの過少利用問題」が生じています。

このような社会的課題を是正し、適切で持続可能な森林管理を行うことを可能とするため、今日では受益者負担原則(BPP:Beneficiaries Pays Principle)や、生態系サービスに対する支払い(PES:Payment for Ecosystem Services)の考えに基づいた費用負担のメカニズムが構築されています。森林環境税がその代表なのですが、地方への権限と財源を委譲する地方分権一括法が導入されたのが2000年の初頭であり、高知県をはじめとして、現在では多くの自治体が導入しています。

しかし、費用負担の理想的なシステムとして、現行の制度は完全とはいえません。それは費用負担の規模や地理的範囲の妥当性に起因しています。熊崎(1977)2)は森林の生態系サービスについて「地域化されたものであり、差別化された公共財の性格をになって」いると主張しました。そして今の森林環境税も、受益の範囲を府県レベルに規定しているのが現状です。もし熊崎の主張が正しければ、環境財からの距離に応じて支払意志額がだんだん減っていく「距離減衰効果」が観察されるはずです。そこで、私の研究では、仮想評価法(CVM)と選択型実験を用いて支払意志額を推定し、距離減衰効果の有無を実証しました。研究対象地は滋賀県の森林で、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県の市町村のうち琵琶湖の水を利用している地域の20代から60代にアンケート調査を実施しました。

まずCVMに距離変数を組み込むことで距離減衰効果が生じているかどうかの分析を行いました。距離減衰式の関数形を考慮した幾つかのモデルで推定しましたが、その全てにおいて統計的に有意な結果とはなりませんでした。これは森林の生態系サービス全体では距離減衰効果は生じないということを意味します。次に森林生態系サービスを、その機能毎に分解し、機能によって距離減衰効果が生じているかどうかの分析を、選択型実験を用いて行いました。CVMと同様に距離減衰式の関数形を考慮して推定しましたが、結果は全ての機能において有意な結果とはなりませんでした。このことから、森林のもたらす生態系サービスは、機能毎に分解しても距離減衰効果が生じないということが明らになりました。特に地域公共財的な性質を帯びた水源涵養機能や、土砂災害防止機能であっても、距離減衰効果が生じていないことは注目すべきことです。

これらの分析・検証結果より、滋賀県の森林のもたらす生態系サービスは、地域公共財ではなく純粋公共財としての性質を持ち、受益者が広範囲に広がっていることが明らかとなりました。ですので、BPPやPESの原則に即せば、行政区域内で費用負担を求めるよりも、全国単位で費用負担を求める森林環境税がより望ましく適切であると言えます。

ただし、この研究にはいくつかの克服すべき課題があります。一つは調査範囲に関する課題です。今回の調査では、その範囲を琵琶湖の水を利用している区域に限定したため、距離減衰が生じなかった可能性が指摘されます。ですので、全国レベルにまで範囲を広げたアンケート調査を行えば距離減衰効果の有無についてより精確に、かつ森林の機能毎に支払意志額の減衰の有無を示す事が出来た可能性があります。

もう一つは、空間的評価の方法論としての課題です。今回の研究では、環境財を点として滋賀県庁に定め、アンケート回答者の居住している市区町の個人属性のデータを用いて、両者の直線距離を計って距離の変数を作成しました。しかし、環境財は点、線、面として空間的に区分することが可能であり、この研究の環境財である琵琶湖周辺の森林は、面的な地物として捉えるのが妥当といえます。面的な空間の広がりを考慮せず、1点財の評価に留まっていること、さらにその計測地点を滋賀県庁と定めたことで、本当に正しい評価ができたかどうかは議論の余地が残ります。また、今回は直線距離で計測した数値を用いて距離変数を作成しましたが、より厳密で精確な空間的評価のためには、対象となる環境財からの「距離」をどう捉えるか、という問題に関しても様々な議論が展開され得るでしょう。つまり本研究のような環境財からの直線距離の計測の他にも、自動車や公共交通機関を用いた場合の環境財への物理的距離、環境財にアプローチする時間的距離などが考慮されなければならないでしょう。今後の研究課題として、これからも研究を進めていきたいと考えています。

引用文献

  1. 森野真理:コモンズの過少利用がもたらす生態系サービスの劣化, 理論と方法, 29(2), 261-276,2014.
  2. 熊崎実:森林の利用と環境保全:森林政策の基礎理念,日本林業技術協会,1977.

主要な参考文献

  1. Bespyatko Lyudmyla,井村秀文:環境サービスに対する支払いとしての森林環境税に関する研究,環境科学会誌, 21(2), 115-132,2008.
  2. Hanemann, M.:Welfare Evaluations in Contingent Valuation Experiments with Discrete Responses,American Journal of Agricultural Economics, 66(3), 332-341, 1984.
  3. Hanemann, M., J. Loomis and B. Kanninen:Statistical Efficiency of Double-Bounded Dichotomous Choice Contingent Valuation,American Journal of Agricultural Economics, 73(4), 1255-1263, 1991.
  4. Huber, J. and Zwerina, K.:The Importance of Utility Balance in Efficient Choice Designs,Journal of Marketing Research, 33(3), 307-317, 1996.
  5. Kumar,P. ( Ed.):The Economics of Ecosystems and Biodiversity: Ecological and Economic Foundations, UNEP/Earthprint, 2010.
  6. 栗山浩一,庄子康:環境と観光の経済評価-国立公園の維持と管理,勁草書房,2005.
  7. 栗山浩一,馬奈木俊介:環境経済学をつかむ,有斐閣,2008.
  8. Louviere, J. J., A.David. Hensher, and Joffre D.Swait:Stated Choice Methods: Analysis and Applications, Cambridge University Press, 2000.
  9. McFadden, D., P. Zarembka(Ed.):Conditional logit analysis of qualitative choice behavior, Frontiers in Econometrics, 105-142, Academic Press, 1974.
  10. Miller, G. A.:The Magical Number Seven, Plus or Minus Two : Some Limits on Our Capacity for Processing Information, The Psychological Review, 63, 81-97, 1956.
  11. 諸富徹( 編),沼尾波子( 編):水と森の財政学,日本経済評論社,2012.
  12. 村中亮夫:スギ花粉症のリスク削減を意図したスギ人工林整備の空間的経済評価-山口県市町村データを利用した距離帯別仮想市場による分析,地理学評論, 77(13), 903-923, 2004.
  13. 滋賀県琵琶湖環境部森林政策課:これからの「琵琶湖森林づくり県民税」について,2010.
  14. 滋賀県琵琶湖環境部森林政策課:琵琶湖森林づくりガイド,2015.
  15. 滋賀県琵琶湖環境部森林政策課:目で見る森林・林業̶滋賀県森林・林業統計要覧,2015.
  16. 滋賀県琵琶湖環境部森林政策課:造林公社について,http://www.pref.shiga.lg.jp/d/rimmu/zorin-kosha/,2016.12.8 参照.
  17. 滋賀県琵琶湖環境部森林政策課:琵琶湖森林づくり基本計画,2016.
  18. 拓植隆宏・栗山浩一・三谷羊平:環境評価の最新テクニック,勁草書房,2011.

(いわた けんご:KIESS研究員)

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