バイオミミックとは何か(内藤 正明:MailNews 2015年4月号)

※ この記事は、NPO法人 アスクネイチャー・ジャパンに寄稿したコラムをもとに、KIESS MailNews 2015年4月号に掲載したものです。

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バイオミミックなる言葉を時々耳にするようになった。最近の話題としては、新幹線の先頭のデザインが“かわせみ”の嘴(くちばし)と類似していたとか、パンタグラフがフクロウの羽根を真似てデザインされたといったニュースが記憶に残っている。なるほど面白いと思って聞いたがそれ以上の深い関心は湧かなかった。その理由は、バイオミミックというのを、“生き物の特徴をうまく機械の設計に利用すること”といった程度に理解していたためである。技術者は利用できるものは何でも利用して、また一儲けしようとするのかと、どちらかと言えば批判的ですらあった。

ところが、先だって環境省主催による「持続可能社会の実現に向けた自然模倣技術・システムの利用手法等に関するワークショップ」なる場で話題提供を依頼された。もちろん何ら特別の知識も関心もないので即座にお断りしたが、仲立ち人からの再度の要請に断り切れずに引き受けてしまった。そうなっては、「全く何のことか知りません」では話にならないので、とにかく付け焼刃で、本を2冊ほど買って読んでみた。

一冊目は予想したような、動物や植物の隠れた才能をうまく人間の技術に取り入れて改善し、新たな技術の芽を見つけるという視点で、これまでされてきた色々な事例を集めた紹介本であった。確かに面白い話がたくさんあって感心したが、環境問題を対象とする視点から見て、特段の理念的な深みはないように感じたので、やはり深入りすることはないと思った。しかし、2冊目の“BIOMIMICRY—Innovation Inspired by Nature—1)を読んだときに、まったく異なる大きな感動を受けた。それを一言で表現すると、「生物から学ぶことはそれが持つ優れた機能をいかに人間の技術に取り入れて利用するかではなく、その驚異ともいえる仕組みを創り上げた地球生命系の大先輩に対する畏敬を持つこと」を主張している点についてであった。

そのことをこの著者は、“自然から搾り取って役立てるというこれまでの姿勢から、自然を尊重して真摯に学ぶ時代に来た”と称して、「産業革命」からいよいよ「バイオミミック革命」への移行が必要であると主張している。具体的には、“動物や植物に見習い、太陽光と単純な化合物を利用して完全に生分解するものを生産する”という技術のあり方を求めている。このようなことは、すでに以前から言葉としては言われてきたが、これまでの理解は、“それは目指すべき理想であって、今すぐにそうでなければならないということではない。それに向かって日々技術は進歩しているのだからそれでいいではないか”、という理解であったと思う。

しかし、バイオミミックを提唱する立場は、「既に自然界はこのことをずっと以前からやってきているので、そのことを真似て本気でそのような技術やシステムを実現しよう」との決心を改めて促していると理解する。だが、さらに大事なことは、「それが出来ないなら、今の未熟な技術は捨て去る覚悟が必要だ」というのが、私の理解した真のバイオミミックの意味である。もしそうではなくて、ただ目指して努力をすればいいというなら、単に技術改善、開発の一つのパターンであり、改めてそれほど大げさに取り上げることはない。

「いまの技術を未熟として捨て去る」などは正気の沙汰ではない、とほとんどの技術者は思うだろう。しかし、いま人類が直面している危機の最大の原因は、これまでの資源多消費、したがって環境負荷多発生の技術に原因があることは否定できない。そして、いまやそれが限界に達して人類の持続的生存をも危機に曝していることが「持続可能社会」が求められる理由だとすれば、真のバイオミミック革命に邁進し、それが実現するまでは既存技術のかなりを凍結する覚悟が必要だというのは、地球環境シミュレーションを基に環境省が主張してきた方針から、当然の帰結ではないだろうか。

かつて、2030年に温室効果ガス排出量マイナス50%という「滋賀持続可能社会シナリオ」が県議会に提案されたとき、『そのようなことが実際にできるのか』という県議会の質問に対して、嘉田(前)知事は『できるかどうかの議論をしている段階は過ぎました。しなければならない時が来ているのです』との答弁をされた。同様の議論が国会でなされたときに、環境大臣が同様の回答をされるなら、日本の環境行政は存在意義があるといえるのではないだろうか。

 

1504_naito_fig1バイオミミックの概念 

 

参考文献
  1. Janine M. Benyus,BIOMIMICRY—Innovation Inspired by Nature,William Morrow,1997.

 

(ないとう まさあき:KIESS代表理事・京都大学名誉教授)

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