アジアの都市ごみ問題 ~タイ・バンコク~(楠部 孝誠:MailNews 2010年10月号)

※ この記事は、KIESS MailNews 2010年10月号に掲載したものです。

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はじめに

アジアを中心とした急激な経済発展は,物質的な豊かさをもたらす一方で,深刻な廃棄物問題を引き起こしている。今回は,アジアで中国に次ぐ経済成長を遂げているタイのバンコクを訪れる機会を得たことから,現地のごみ発生および回収の様子を解説する。

タイはインドシナ半島のほぼ中央に位置し,人口約6,200万人,日本の約1.4倍の国土を持ち,雨季(6月~10月)と乾季(涼季11月~2月,暑季3月~5月)がある熱帯モンスーン気候に属している。近年は,工業化が進み,2000年以降毎年5%前後の経済成長率を遂げている。しかしながら,現在も労働力の約4割は第一次産業に従事し,2003年の穀物自給率は162%とアジアでは最も高く,世界でも6番目の穀物自給率を維持している。

 

タイ・バンコクの廃棄物の現状

経済発展が進む中で,廃棄物に目を向けてみよう。World Bank(2003)によれば,2002年に約2,164万トンの廃棄物が発生している。その内訳を表1に示すが,最も多いのが都市一般固形廃棄物で全体の約66%を占めている。次いで,非有害産業廃棄物が約27%になっている。

都市から排出する廃棄物が多い点から,首都バンコクのごみの状況を見てみる。バンコクは全人口の約13%に相当する800万人(登録人口)が居住している。バンコクのごみの48.8%はOrganic Waste(有機性廃棄物),38.0%がRecyclable Material(リサイクル可能な廃棄物),13.2%がNon-Recyclable Material(リサイクル不可能な廃棄物)であり,有機性廃棄物の大半は生ごみである。また,リサイクル可能な廃棄物でも全てがリサイクルされているわけではない。参考までに,バンコクを含む周辺地域の都市廃棄物を見ると,廃棄物全体の42%がガラス,プラスチック,紙,金属といったリサイクル可能な廃棄物である。しかし,このうち商品価値がある35%の廃棄物のうち,実際にリサイクルされているのは15%しかなく,毎年450トン,商品価値にして160億バーツ(約500億円)の潜在的なリサイクル可能な廃棄物が処分されていると推定されている。

 

表1:タイのごみ発生量(2002)

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廃棄物の回収問題

なぜ,リサイクル可能な廃棄物が利用されないのか,まずは回収の状況を見ると,回収量の70%以上が正規の回収ルートではないと推定されている(Fig1)。これらは大きく3つのグループに分類でき,最も大きいのが三輪車で廃棄物を集める回収者(Sa leng)である。さらに,Municipal collectorsは正規の回収者ではあるが,回収を行いつつ,リサイクル可能で商品価値のある廃棄物を取り出して販売することで,自身の収入を補填しているケースである。3つ目にはWaste pickersやScavengerである。Waste PickersあるいはScavengerとは,ごみの中から有価物を回収し,それを売って生計を立てているもので,家庭や店舗,路上からも回収するが,ほとんどは埋立地周辺,あるいは埋立地の中に居住し,埋立地から有価物を回収している。参考までにGarcia(2001)によれば,Waste Pickersはボンベイ(インド)で35,000人,バンガロア(インド)で25,000人,カラチ(パキスタン)20,000人,上海(中国)で10,000人,等の報告がある。また,このような非正規の回収者によるごみ減量への寄与として,数%から10数%の寄与があるとも報告している。

では,都市内部に多数の回収者が存在するにも関わらずリサイクル率が低い理由はなぜだろうか。ジャロッシ(2004)の調査によれば,ごみを出す側の問題として,分別意識がない,分別すればScavengerが買ってくれるが,価格が不当であったり,いつ回収に来るかわからないのでそのまま廃棄する,等の調査結果が示されている。一方,集める側の問題としては,行政区へのアンケート調査を元に回収システムが経済的に破綻していると指摘している。ヒアリング結果から,バンコクのごみ発生量が1日6,572トンと推定されているのに対して,回収している量が6,120トンしかない。つまり,差の450トン,全体の6%にあたるごみは未回収になっている。回収できない理由は,回収車の燃料費の予算制約があり,ガソリン価格の高騰によって,燃料が補給できないといった点や回収トラックの配備などの問題によって,回収を飛ばしたリ,遅れることが常態化している,等の点を明らかにしている。予算制約の背後には,ごみ徴収費の未納問題もある。1970年代,市民が負担するごみ回収費用は月4バーツだったが,2003年には40バーツに引き上げられた。その結果,費用の徴収率が一気に低下した。現在は20バーツまで引き下げられているが,引き上げによる影響が続き,現在も徴収率は低いとのことである。

さらに,今後大きな問題となる可能性が高いのが,ごみの最終処分である。タイに限らず,開発途上国ではごみは直接埋立していることがほとんどで,日本のように高い割合で焼却処理しているのは世界的にも限られている(小川ら(2004))。

 

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Fig1:Collection of Solid Waste for Recycling

 

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日本人会の家庭での生ごみ処理の様子

 

埋立問題と今後の展望

タイの統計を見れば,地方の中心都市では57%がSanitary LandfillsやEngineered Landfillsと呼ばれる衛生的な埋立が行われているが,残りはOpen DumpあるいはControlled Dumpと呼ばれる不衛生な簡易埋立処理が行われている(用語解説参照)。都市によっては95%以上がOpen Dumpという地域もある。Open Dumpは土壌汚染だけでなく,表流水,地下水の汚染,ごみの飛散,周囲の住民への健康影響などが懸念されるが,Sanitary Landfillsなどと比較して,コストがかからないことから採用されている。また,埋立処理の前処理としての焼却処理も高コストでかつ住民の反対(大気汚染の懸念)によって,ごく限定的にしか行われていない。行政の財政状況や原油の高騰を考えれば,現在の回収形態と最終処分が当面継続されることが予想される。この状態が続けば,いずれ大きな社会問題となり,市民の生活にも影響が及ぶため,早急に対策を講じなければならない。これまでにも埋立量を削減するためにいくつかの施策が実施,提案されている。例えば,コンポスト工場の設置である。しかし,重金属の混入といった製品への信頼性や価格の問題から十分な機能を果たしていない。また,日本からの援助によって建設されたバンコク近郊のパッククレット市のコンポスト工場でも試験的にモデル地域の200世帯を対象にコンポスト化が行われているが,導入された装置は現地で従来のやり方と異なるため,扱いにくく,機械化によるコスト増によって,ほとんど効果は上がっていない。また,包装材への課税,焼却処理の導入も検討されたが,いずれも実施には至っていない。また,2004年からは市民のごみ分別の推進に向けて,有機性廃棄物,リサイクル可能な廃棄物,有害廃棄物の3種類の分別袋が試験導入されているが,効果のほどは定かではない。

いずれにしても,最も効果的な取組みは排出時に市民が分別することである。現況を踏まえれば,効果的な分別回収システムが導入されるまでにはまだ時間がかかり,導入されても排出する市民の意識改革が変わらなければ機能しない。そのため,何のためにごみを分別しなければいけないのかということを周知,理解してもらうことが必要になる。そのお手本となるのが,KIESS(2006)で紹介された日本人会のプラスチックトレーなどの分別や生ごみの消滅型処理であろう。とくに,生ごみは資源としての市場価値は低いため,家庭で減量できれば,埋立量が大幅に削減できる有効な取組みになりえる。しかし,そのためには①簡単(手間や時間がかからない),②安価,③誰でもできる,④失敗がない,といった問題をクリアしなければならない。

現在,タイの日本人会が取組んでいるのが,消臭効果のあるヤシ殻を基材とし,発砲スチロールの容器による方法である(写真)。今回,見学させていただいた10件近くの日本人会の家庭では悪臭もなく,比較的うまく消滅処理できていた。積極的に取り組んでいることが成功している大きな理由ではあるが,タイは年間を通して,気温が高いことも発酵や水分調整に良い影響を与えている可能性もある。

家庭での生ごみ処理が普及すれば,廃棄物問題に対して大きな効果が期待できる。市民が試行錯誤して,生み出す技術や管理は実際に現場で役立つ有効な技術であると同時にごみに対する意識の改革が働き,無駄を無くそうとするライフスタイルの変化にもつながる。今後,現地に住む日本人が持つごみ分別への意識や生ごみ処理の取組みをタイの人々へ伝えることで,大量処理機械やごみ処理工場の建設といった大型援助以上に,ごみ問題の解決に向けた効果が見込まれることから,今後の普及拡大を期待したい。

 

用語解説:ごみの最終処分における処理方式(小川ら(2004)より要約)

Open Dump(オープン・ダンプ):単に地面にゴミを積み降ろして投棄するだけの状態であり,ごみの搬入が管理されておらず,処分場(投棄地)の境界が明確でなく,無秩序に積み下ろされるだけなので非効率でごみが散逸する。規模が小さく,分解性の高いものだけならば,自然に分解するが,包装材や非分解性の廃棄物,有毒な廃棄物などが混入していると非常に問題となる。

Semi-Controlled, Controlled, and Engineered Dump(コントロール・ダンプ):基本的にオープン・ダンプであるが,一定の運営管理面での対応が認められる状態。多少とも管理施設(管理者)が置かれ,処分場の境界が柵や堰堤によって設定されている。ごみ搬入管理と計量がされ,場内では搬入道路が一定程度整備され,重機によるごみの移動と転圧などが行われる。また,より進んで状態では,ごみ散逸や悪臭を避けるため覆土の実行,ガス抜き管設置がなされる(Engineered Dump)。開発途上国では「衛生埋立」と称するものはしばしばこのタイプのものが多い。多くの場合,浸出水が大きな問題となっている。

Sanitary Landfills(衛生埋立):コントロール・ダンプがさらに改善され,管理が進み,遮水工が施され浸出水対策(循環処理や浄化処理)やガス対策が講じられる。環境影響監視のためのモニタリングが導入される。

【参考文献】
  1. World Bank(2003),Thailand Environment Monitor 2003
  2. L.E.Garcia, J.M.M.Jofre, M.S.Narea, I.T.Monzon(2001),The other dimension in waste management: Informal sector and socio-labour insertion, Sardinia , pp589-596
  3. ジャロッシ(2005),バンコク家庭系と事業系ゴミの分別に向けて -細街路の家庭系ゴミ収集の改善案,京都大学地球環境学堂修士論文
  4. KIESS(2006)KIESS Annual Report
  5. 小川人士・中山裕文・松藤敏彦・吉田英樹・吉田充夫(2004),世界の埋立処分の現状と将来トレンドに関する研究,廃棄物学会研究委員会廃棄物埋立処理処分研究部会小集会「循環型社会における埋立地のあり方を考える」講演論文集,p11-p16

 

(くすべ たかせい:KIESS研究員・石川県立大学助教)

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